野田市小4虐待死事件の「全容」〜全公判を傍聴してわかったこと

家族の限界、残り続ける「謎」
阿部 恭子 プロフィール

検察側は、勇一郎氏が心愛さんを虐待した理由を「次女が生まれ疎ましくなった」と主張するが、十分な説明とはいえない。犯行当時、勇一郎氏は虐待行為に快楽を得ていたわけではなく、かなり精神的、経済的に追いつめられていた。

ロスジェネから生まれる加害者

勇一郎氏は転職を繰り返し、非正規雇用で一家4人の生活は親の援助によって成り立っていた。さらに裁判では、200万円以上の借金があることも判明した。

70歳前後の両親による経済的援助も限界を迎え、妻は病気で働くことができず、子ども2人を抱えた生活は近いうちに破綻したはずだ。日々の生活に追われながら焦燥感を募らせていたに違いない。

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1977年生まれの勇一郎氏は、社会が暴力に鈍感だった世代に育っている。野球少年だった勇一郎氏にとって、体罰を伴う厳しいトレーニングは日常茶飯事だったという。

勇一郎氏の両親は暴力による躾を行っていたわけではないが、「男らしさ」を重視した教育だった。男尊女卑が当たり前で、悪いことをすれば暴力は容認されるという意識は幼い頃から刷り込まれている。

勇一郎氏は責任感が強く、女性には一途で伝統的な家族像を理想としていた。父親を尊敬しており、父親であれば無条件に尊敬されるという思い込みがあったと思われる。

しかし、心愛さんとは7年も離れて暮らしており、血が繋がっているといっても現実的には他人同然であり、親子関係を構築することは難しかったであろう。

公判では、「てめえ、はやく会社行けよ!てめえ、早く会社に行けよ!」と強い口調で反抗する心愛さんの動画が流れた。父親を尊敬して育った勇一郎氏は、父親であれば無条件に尊敬されるという思い込みがある。自分に従わせようとすればするほど心愛さんは反抗し、虐待は陰湿化していったのではないだろうか。

 

心愛さんへの虐待には、排泄をコントロールし、漏らした便を持たせて写真を撮るといったかなりの屈辱が与えられているが、父親は尊敬されるべき、女性は従順であるべき、子は親に従うべきと考える者にとって、「娘」から反抗されることをこの上ない屈辱と感じていたことが窺える。

残酷な犯罪であればあるほど、犯罪者が犯罪に至る背景には、虐待、差別、いじめ、レイプといった被害体験が隠れているケースが少なくない。本件においても、幼少期のエピソードを丁寧に拾っていくことによって、暴力の引き金となっている過去の傷つき体験が浮かび上がってくる可能性は否定できない。