3月27日 ソ連の宇宙飛行士・ガガーリン事故死(1968年)

科学 今日はこんな日

地球のみなさん、こんにちは。毎度おなじみ、ブルーバックスのシンボルキャラクターです。今日も "サイエンス365days" のコーナーをお届けします。

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

1968年のこの日、世界で初めて有人宇宙飛行に成功したソ連(当時)の宇宙飛行士ユーリ・ガガーリン(Yuri Gagarin、1934-1968)が謎の事故死を遂げました。

 

空の英雄の早すぎる死を、世界は驚きと悲しみをもって迎えました。

ドキュメンタリーに映るユーリ・ガガーリン Photo by Getty Images

ガガーリンといえば、1961年にボストーク1号に乗り、人類史上初の有人宇宙飛行を成し遂げたことや、彼が残したとされる「地球は青かった」の名言で有名。帰還後はソ連の広告塔として、宇宙時代の到来とソ連の高い技術力を世界に宣伝してまわりました。

 

そんな生活を内心苦々しく思っていたのか、ガガーリンは次第に精神を病むようになり、深酒や自傷行為にも手を染めます。

1967年、政治的な事情で粗悪な機体のまま打ち上げが強行されたソユーズ1号に、自分の代わりとして親友の宇宙飛行士ウラジミール・コマロフ(Vladimir Komarov、1927-1967)が搭乗。コマロフは宇宙空間でただ1人、懸命にミッションを立て直そうとしますが、大気圏突入にあたってパラシュートが開かず、壮絶な事故死を遂げてしまいます。

親友の死を止められなかったことが決定打だったのか、1968年、ガガーリンは戦闘機MiG-15を操縦中、コマロフの後を追うかのように墜落死してしまいます。宇宙史にその名を刻みつけた偉人としてはあまりに早く、そして寂しい最期となってしまいました。

ガガーリンの死を悼むソビエト連邦市民 Photo by Getty Images