ラグビー界の「寡黙なレジェンド」が釜石の復興に刻んだ9年間の足跡

世界選抜に選ばれたV7戦士の熱き思い
大友 信彦 プロフィール

「ワールドカップには、オレは行かない」

スタジアムが竣工したのはワールドカップまで1年に迫った2018年8月だった。

2018年8月、釜石鵜住居復興スタジアムの竣工、内覧会の日

8月19日のオープニングゲームでは、新日鉄釜石OBと神戸製鋼OBによるV7戦士レジェンドマッチが行われ、石山は釜石の背番号1で出場し、自ら心血を注いで育てた芝の上でスクラムを組んだ。釜石の地元のファンも、首都圏や関西など遠隔地から駆けつけたファンも、ちょっと筋肉の落ちたレジェンドたちの勇姿に温かい拍手を贈った。

2018年8月、釜石鵜住居復興スタジアムのこけら落としとなった釜石対神戸のOBマッチで
こけら落としのOB 戦は大いに盛り上がった

そして石山は、ワールドカップまであと1年という時期に、釜石を離れた。

「現場が終わったので」と石山は言った。スタジアムは、竣工と同時に、発注者である釜石市に引き渡されていた。

 

釜石を離れた石山は、人里離れた奥羽山脈の山の中の現場で冬を過ごし、2019年、仙台の現場に移った。ワールドカップが近づくにつれ、石山のもとには、コメントを求めるメディアからの連絡が相次いだ。だが石山は、理由を作っては取材を断った。

「ワールドカップには、オレは行かない」と呟いたこともあった。

それを伝え聞いた昔の仲間は、「以前の次郎さんに戻ったね」と囁いた。