ラグビー界の「寡黙なレジェンド」が釜石の復興に刻んだ9年間の足跡

世界選抜に選ばれたV7戦士の熱き思い
大友 信彦 プロフィール

「被災地にも夢が、目標がほしいんです」

やがて、石山が立ち上げた「スクラム釜石」は、2019年ラグビーワールドカップ日本大会の試合を釜石に招致しようという活動を始めた。

始まりは、震災と津波で瓦礫に埋め尽くされた釜石で、新日鉄釜石ラグビー部の後輩であり、釜石シーウェイブスGMの高橋善幸から聞いた呟きだった。

「釜石で、ワールドカップやれないですかね」

震災からまだ3ヵ月経つかどうかという時期だった。たくさんの人が、まだ仮設住宅にさえ入れず、体育館や公民館などの避難所の堅い床に、段ボールを敷いて寝ていた頃だ。こんなときに、そんな夢みたいな話を言い出していいのだろうか?

 

そんな石山のためらいを打ち消したのは、高橋の次の言葉だった。

「被災地にも夢が、目標がほしいんです」

復興とは、地域で生活する人が担うものだ。そこで生活する当事者が、そこで生活する目標を持てなければ、困難な再建を諦め、都会に出てしまうかもしれない。釜石を再建するための、釜石だからこその「夢」を持ちたい、でも今の被災地ではそんなこと大声では言いだせない――その高橋の思いが石山を突き動かした。

石山は、「スクラム釜石」の仲間たちと連絡を取り合い、釜石にワールドカップを招致する意義を説いた「ワールドカップ招致要望書」を作り、釜石市の野田武則市長を訪ねて手渡した。

ワールドカップといっても、豪華なスタジアムを作る必要はない。小さなスタジアムでも、仮設席を増やせば大会はできる。と伝えた。身の丈に合った、こじんまりしたスタジアムで、被災地も元気に復興したことを世界に発信しましょうよ――少しずつ、釜石市民の間から「ワールドカップをやりたいね」という声があがるようになった。2015年3月、ワールドカップリミテッドと日本側の組織委員会が発表した開催12都市に、釜石は選ばれた。