3月26日 ロボット開発者・西村真琴誕生(1883年)

科学 今日はこんな日
地球のみなさん、こんにちは。毎度おなじみ、ブルーバックスのシンボルキャラクターです。今日も "サイエンス365days" のコーナーをお届けします。

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

1883年のこの日、東洋初のロボット「学天則」を開発した西村真琴(にしむら・まこと、1883-1956)が生まれました。しかし意外なことに彼の専門は工学ではなく、生物学。マリモを絶滅の危機から救った研究で博士号を取得しています。

西村が生まれたのは長野県里山辺村(現・松本市)。付近の高原から名をとった美ケ原(うつくしがはら)温泉で有名な場所です。

現在の美ヶ原温泉近く Photo by Karl Baron / Flickr

彼は父を亡くしながらも苦学して中学に通い、なんとか広島高等師範学校(現・広島大学)を卒業しました。

卒業後、西村はアメリカに留学して自然科学の学識を深めたのち、北海道帝国大学の教授に就任。45歳で退官した後は大阪毎日新聞に入社し、同社の論説顧問として学天則の製作に携わることとなります。

西村真琴(1930年代、大阪毎日新聞事業部長時代に撮影) Photo by Kodansha Photo Archives

西村は生物学者という出自からか、ロボットに単なる機械としての性能ではなく、人間らしさを求めました。そのためか、学天則の機能は「夜明けを告げる鳥が鳴くと、ペンでアイデアを書きつける」というどこか人間らしいものとなっており、顔つきもとてもユーモラス。

学天則は1928年の京都博覧会に出品され、圧縮空気によってなめらかに動き好評を博しました。その後、各地を転々としたのちドイツで行方不明となってしまいましたが、現在は復元模型が大阪市立科学館に展示されています。

ペンを右手に、アイデアを得ると光る「霊感灯」を左手に持った学天則 Photo by Jin Kemoole / Flickr

西村は戦時中は中国人孤児の保護に、戦後は保母の育成に尽力するなど、慈善事業家としても足跡を残しました。

ちなみに彼の次男はテレビドラマで2代目の「水戸黄門」をつとめた俳優の西村晃(1923-1997)です。