新型コロナ「興行大打撃」は、コレラ流行の時代と驚くほど似ていた

100年以上前にもあった「自粛要請」
笹山 敬輔 プロフィール

「要請」は事実上の「命令」?

現在、政府はイベントの「自粛要請」を行っているが、禁止ではなく、判断はあくまでも主催者に委ねられている。一方、明治以降は、警察が「衛生」も含めた劇場の管理を担当しており、中止を命ずることができた。とはいえ、当時においても、強権的に営業を差し止めるだけでは反発を招くことも考えたのだろう。

明治18年11月11日の『読売新聞』に興味深い記事がある。それは、京都の祇園座が開業式を行おうとしたときのことだ。多数の来賓を招いたパーティを計画したところ、興行師が呼び出しを受けた。そして、「是は説諭という訳でもなく、注意までに申し置くが」との前置きがあったうえで、次のように申し渡された。

「目下流行のコレラ病でも発生する事が有ッては、折角の興行も直ちに停止せねばならず、又人気を専一とする劇場にて、開場式当日よりる忌わしき事ありとしては、永続上に大きなる妨げならん」(一部表記を改めた。以下同)

要するに、パーティの「自粛要請」である。興行師にとって、「要請」は事実上の「命令」に聞こえたことだろう。結局、派手なパーティを取りやめ、衛生上に注意して開場したという。ときの権力が、法令に基づいて禁止せずとも、自粛を「要請」すれば事足りるというのは、昔から変わらぬ日本の国柄だろうか。

 

興行師は危機を乗り越えてきた

最後に、明治期の新聞に掲載されていた投書を一つ紹介しよう。コレラが蔓延しているなか、興行を中止すべきだとの風潮に対して、次のような主張がなされた。

このごろ米価の騰貴あがりについて市中の人気じんきは何となく穏やかでない所へ、また諸興行物はならぬ、劇場しばいは止めろと云ッたなら、猶々なおなお人気は寝入ッて、コレラ病よりいやな不景気病を引き起すであろうから、まづ停止の説はお見合みあわせにいたしたい」(『読売新聞』明治12年8月9日)

そして、6人の桝席を4、5人に減らしたり、トイレを清潔にしたりと、予防に手を尽くして中止にならないようにすべきと提案している。あくまでも一投書にすぎないが、何とかして興行を継続すべきとの声もあったのである。

日本の近代史を振り返ると、コレラの流行や大震災、大空襲と、興行が不可能になる事態は何度も起きている。だが、その度に、興行師はあきらめることなく、再開に向けて奮闘してきた。今回も、十分な対策を講じたうえでの早期の正常化を期待したい。