宝塚歌劇団〔PHOTO〕gettyimages

新型コロナ「興行大打撃」は、コレラ流行の時代と驚くほど似ていた

100年以上前にもあった「自粛要請」

「丸之内の大消毒 丸ビル、劇場に保菌者発見」

丸ビルおよび周辺のビルや劇場で感染者が発見されたため、丸の内一帯の大消毒が行われた。今からおよそ100年前、大正14(1925)年12月21日の『東京朝日新聞』の記事である。

丸ビルこと丸ノ内ビルヂングは3年前に竣工したばかり、低層階をショッピングモールにしたオフィスビルの先駆けであり、大勢の人が行き来する場所であった。

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つい先日、新丸ビルで新型コロナウイルスの感染者を確認し、ビルの消毒が行われたことは記憶に新しい。近年、日本人が感染症の脅威を身近に感じる機会は少なかったが、歴史を振り返ると、感染症は常に隣り合わせに存在していたのである。

記事中の劇場とは、かつて有楽町にあった邦楽座のことだ。現在、政府からのイベント自粛要請によって、多くの劇場で公演中止が続いているが、明治のころから、興行は感染症を理由にいく度も禁止されてきた。換気が悪く、人が密集する劇場や寄席は、感染症リスクの高い場所と見られてきたのである。

 

たしかに人命にはかえられないが、興行にたずさわる人々にとって、長期間の興行中止は死活問題である。明治以降の興行師は、対策を講じて嘆願書を出すなど、興行再開に奔走した。

興行師にとっての近代とは、一面において、感染症との戦いの歴史でもある。そして、最大の敵となった感染症が、「コロナ」ならぬ「コレラ」だった。