最低最悪の一審判決…宮城県名取市「閖上津波訴訟」の現場から

ある震災遺族の9年間【第2回】
西岡 研介 プロフィール

だが、裁判、特に国や地方公共団体を相手取って起こす国賠訴訟では、それが長引けば長引くほど、原告側に精神的、経済的負担が重くのしかかる。さおりさんが再び語る。

「弁護団の先生方との打ち合わせ、名取市側が出してきた準備書面の読み込み、それに対する反論や陳述書の作成……。(一審)提訴から3年半、仕事や育児を抱えながら、ずっとそんな生活を続けてきました。まさに『裁判』が『普通の生活』の中に入り込み、絶えず家の中に居る――という感じでした。

(控訴して)再びそんな生活を送ることになるのかと思うと、もう、気力も体力も限界にきているな、と。このまま諦めて、静かに過ごしたい……という気持ちも正直、ありました。

でも、ここで諦めたら、雅人をはじめ、私たち家族の命は一体、何だったんだろう、と。

雅人や家族の命が戻るんなら、何だってします。けど、戻らない。何をしても戻らない命なら、せめて、それを失ったことに、意味を持してあげたい。

雅人たち家族の失われた命に、無理やりにでも、意味を持たせてあげるならば、次の災害で、一人でも、私たち家族のような犠牲者を出さないための『教訓』に繋げることしかない。

別に、雅人や家族は、震災や津波の『教訓』になるために生まれてきたんじゃありません。けれども、家族の失われた命が、『教訓』にすらならないのだとしたら、それこそ、家族は何のために生まれ、亡くなったのか……。

だからこそ、『教訓』の欠片もない、こんな判決を後世に残すわけにはいかないと、(竹澤さん夫妻とさおりさんの弟2人の)原告4人全員で、歯を食いしばるような思いで控訴したんです」

 

そして、18年9月18日、仙台高裁で「閖上津波訴訟」控訴審の第一回口頭弁論が始まった。

⇒第3回につづく

【筆者より】竹澤さん夫妻は一審提訴後、他の家族のプライバシーを守るため、訴訟中は報道機関に対し、匿名での報道を希望してきた。このため、私も過去、本サイトに寄稿した「閖上津波訴訟」に関する記事では、夫妻を「原告」、「遺族」などと記述してきたが、今回、「和解」(和解金なし。訴訟費用は双方の負担)という形で訴訟が終結したため、夫妻の了承を得て、実名で報じることとした。