最低最悪の一審判決…宮城県名取市「閖上津波訴訟」の現場から

ある震災遺族の9年間【第2回】
西岡 研介 プロフィール

さらに、佐々木氏が16年まで市長を務めていた名取市は、「地域防災計画」の〈目的〉を次のように謳っている。

市民の生命、身体、財産を地震災害から保護し、また被害を軽減することを目的とする 〉

この文言は、災害における市町村の責務を定めた災害対策基本法5条1項の条文に準じたものだが、果たして、佐々木・前市長は在職中に、自らがトップを務める自治体の地域防災計画を読んだことがあるのだろうか。

〈市民の生命、身体、財産を地震災害から保護〉するというのは、佐々木・前市長の言うところの、報道機関や市民が行政に「期待」していることなどではない。前回の冒頭で引用した和解条項の前文で、仙台高等裁判所が指摘している通り、災対法の定める〈地方公共団体としての責務〉である。

私には、佐々木・前市長が、自らに問われた「公助責任」を回避したいがあまり、「自助や共助の大切さ」を訴えているようにしか見えなかった。さらには、それを「阪神・淡路大震災の教訓」として、得意げに開陳する彼の姿に、20余年前に、あの震災を経験した一記者として、怒りすら覚えた。

ちなみに、名取市では、災対法が各年の見直しを定める地域防災計画について、東日本大震災が発生する3年前の08年を最後に、その改訂を放置し続けていた。見直しを行なったのは、震災から7年後の18年3月。前出の佐々木・前市長から、高裁での和解に応じた山田司郎・現市長に変わった後のことだった。

一審判決当日、横断幕を掲げ、仙台地裁に入る遺族側弁護団と支援者(2018年3月30日、筆者撮影)

遺族側の請求を退ける一審判決

そして、この「閖上津波訴訟」の一審は、提訴から約3年4ヵ月、20回に及ぶ口頭弁論を経て、18年1月17日に結審。その約2ヵ月後の3月30日、仙台地裁は判決で、「名取市の災害対応と(雅人ちゃんら家族4人の)死亡との間に因果関係があるとは認められない」として、竹澤さん夫妻ら遺族側の請求を退けた。

まず「鳴らなかった防災行政無線」についてだが、前回で引用した、名取市の第三者検証委員会の最終報告書が指摘しているように、無線の故障は震災当日、親機の開口部から入り込んだ金属物が、地震の揺れで落下して、ショートを起こし、ヒューズが溶解したことによって起こった――とされる。

遺族側弁護団は一審で、この故障した防災行政無線について、「国家賠償法2条」の適用を主張。同条は〈道路、河川その他の公の営造物の設置又は管理に瑕疵があつたために他人に損害を生じたときは、国又は公共団体は、これを賠償する責に任ずる〉と定めているが、弁護団はこれを防災行政無線にも準用し、「(無線機)親機の開口部に、異物防止混入のカバーを付けるなど、地方公共団体として(故障を防止する)適切な管理・点検を怠った」として、名取市側の過失を訴えていた。

 

しかし判決は、〈本件防災無線が、災害等の非常時に使用されるものであって、故障を引き起こす可能性のある要因をできる限り排除しなければならないものであることにも鑑みると、本件防災無線に物理的構造的な問題がないとはいえない〉としつつも、〈様々な要因が重なって生じた故障であるといえ、被告(名取市)がこれを予見することは困難であったといわざるを得ない〉と、「予見可能性」をもとに、「名取市に瑕疵は無かった」としたのだ。