宗教を信じること。それは「個人の自由」だ。目には見えないもの、得体のしれないものを信じることで、生きるための活力を得る。宗教にはそんな側面があると思う。

同時に、宗教を信じないことも、個人の自由だ。けれど、信仰心の厚い人は、しばしば“信じない人”のことを批判する。地獄に落ちる、罰があたる、といった言葉をぶつけ、信じない人を全否定しようとする。

宗教を信じる人と信じない人。彼らは相容れないのだろうか。ともに生きることはできないのだろうか。

ライターの五十嵐大さんは「宗教三世」として生まれた。祖母が熱心な宗教の信者で、自身も幼い時から朝晩長い時間祈りを捧げる日々だった。そこに疑問を生じたのは、20歳の頃だ。どんな努力も、上手くいけば「信仰のおかげ」、失敗すれば「信仰が足りないからだ」と言われることに大きな疑問を抱き、信仰から離れるようになった。「信教の自由」は憲法にあるし、その人が幸せならばいいことなのだが、果たしてその自由によって家族が苦しむ場合はどうなるのだろうか。自身の体験をもとに綴る連載「祖母の宗教とぼく」第2回は、祖母が信仰の道に入ったきっかけと、祖父との関係について振り返る。

身ひとつで人生を切り開いた祖父

神様の存在を信じ、熱心に信仰する祖母とは打って変わって、ぼくの祖父は宗教を一切信じない人だった。彼からすれば、祖母は理解不能な人種だったのだろう。朝晩とお祈りを欠かさず、定期的に信者の集まりに参加し、布教活動も率先して行う祖母は、“異質なもの”として映っていたのだと思う。そして、それは祖母も同様だった。信仰心を持たない祖父は、祖母の言葉を借りれば「誰よりも先に地獄に落ちる人間」だったのだ。そんなふたりが理解し合えるはずがない。幼いぼくの目の前で、彼らはしばしば口論を繰り広げた。

祖父はとても気性の荒い人だった。野球中継を見ている最中、応援しているチームが負ければ、テレビに向かってリモコンを投げつける。友人を招いてお酒を飲んでは、酔った勢いで取っ組み合いの喧嘩をする。ときには、まだ子どもだったぼくに対し、大人げない暴言を吐くこともあった。だからぼくは、祖父のことが怖かった。「祖父には愛されていないのだ」とも感じていた。幼い子どもにそんなことを感じさせてしまうくらい、祖父は粗暴だったのだ。

「ぼく」が直接殴られることはなくても、テレビにリモコンが投げつけられ、暴言を吐かれ、常に「怖い」存在だった Photo by iStock

その気性の粗さが最も顕著になるのが、祖母に対しての言動だった。

学歴もなく、若い頃はチンピラまがいの生き方をしていた祖父は、家庭を持ったことで改心し、自ら起業をした。誰もがうらやむような大きな家を建て、家庭用テレビが発売されたときには真っ先に購入し、近所の人を招いてはテレビ鑑賞をさせていたという。まさに身ひとつで人生を切り開いてきたという自負のある人だったのだ。だからだろう、宗教に人生を預けるような生き方を心底嫌っているところがあった。