徹夜で漕ぎ続けた翌日 いかにして「見えない島」へ近づいたか

丸木舟スギメの大冒険 第3回!
3万年前の人間は、なぜ海を越え、日本列島に渡ったのか──。その謎を解き明かすべく始まったのが「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」。

当時使っていたであろう丸木舟を石器で製作し、当時と同じ条件で、台湾から日本列島を目指す。

そのプロジェクトのクライマックスである航海の模様を、完全追跡! 連載第3回の今回は、2日目の昼の航海をお届けします。一行の前に立ちはだかるのは、「疲労」という最大の敵──。(前回はこちら

【登場人物紹介(敬称略)】

原 康司:経験豊富で常に心穏やかな頼れるキャプテン
宗 元開:レジェンドと呼ばれる伝説のカヤッカー
鈴木 克章:草・竹・木の全ての舟を漕いだ唯一の漕ぎ手
村松 稔:与那国の魂を背負って漕ぎきった役場職員
田中 道子:抜群のパドルセンスで丸木舟を操った舵とり

2日目──暑さ・疲労・眠気との闘い

そんな中、丸木舟の5人は、交替で休憩するようになっていた。休憩は1人ずつ10分程度。時計は持っていないので、各人の感覚で、それぞれが楽なスタイルで休む。

休憩の方法について、チームはこれまでいろいろ試行錯誤してきた。2年前の竹筏舟イラ1号のときは、全員いっせいに休んだが、舟を止めてしまうそのやり方はよくないとのことで、交替制が採用された。

皆たいてい、丸木舟の中に仰向けに寝て身体をうずめ、目をつむった。ヒートアップしてくる身体を冷やすため、海水を帽子ですくって浴びることもあった。休憩というにはあまりに短く、むしろ、だましだまし身体を休めたと言うほうが正しいように思えるが、それでも一定の効果がある。

交替で休憩する丸木舟の漕ぎ手たち〈撮影:著者〉

何しろ、あの荒れた海と、星がろくに見えない夜を駆け抜けてきた直後だ。

「2日目のことも考えて温存すべきだった体力を、使っちゃいました」

「シーカヤックの1人旅では必ず余力を残して漕ぐんですけど、あのときはもう、予定していたペース配分を破棄して、とにかく漕ぎました。漕いで、排水して、漕いで、排水の繰り返し」

と、原さん、鈴木さんは、航海後に初日のことを振り返っている。

肉体と精神を酷使してきただけでなく、ほぼ徹夜しているわけなので、当然、すさまじく眠くもある。眠気は集中力を奪うので、海の上では大敵だ。特に2、4番手の2人は、ほかの漕ぎ手のことも気遣って休憩をセーブしていたので、その疲労は並大抵ではなかったろう。

午前の太陽が上がるにつれ気温もじわじわと上がっていたのだが、しばらくすると、空の高いところに薄雲が広がって、日差しを和らげるようになった。これなら太陽の位置を見失うことなく、暑さだけが和らぐので、好都合だ。雲は、島が見える圏内に入ったらどいて欲しいが、まだ舟はそこまで行っていない。

9時45分、漕ぎ手の1人が海に飛び込んだ。どうやらトイレらしい。

10時。風は南寄りで微風。私は与那国陸上本部に衛星電話をかけ、あちらの風の状況を聞いてみた。与那国島は1.5メートルの微風とのことで、我々の進路上に大きな障壁はなさそうだ。しかしその東の海上にある石垣島や宮古島では、南西の風が4〜6メートルで吹いている。強風帯が近いというサインであり、やはり気が抜けない。

11時。海は穏やかだが、相変わらず0.5メートルほどのうねりが南東から来ていて、それに北東のうねりが混ざっていた。もう台湾は見えないが、背後の分厚い積雲の中に、その山々が隠れているのだろう。

強風帯の懸念

初日と比べると、2日目の海面は穏やかだ。しかし昼の12時を回ると、雲が広がり視界が悪くなってきた。太陽の熱をさえぎってくれるという意味ではよいが、島を見つけるというこれからの最重要ミッションへの影響が、気にかかる。

このタイミングで、私はヨットに乗っている内田さんにこっそり連絡を入れた。自分の無線を使うと漕ぎ手キャプテンの原さんにも聞かれてしまうので、船上にあった別の無線を借り、このまま進んだときに島を外す可能性と、強風帯につっこんでしまう懸念について伝えた。