朝日新聞の「社主」が死去…歴代社長も恐れた「深窓の令嬢」の素顔

「最後の社主」の歩み
現代ビジネス編集部 プロフィール

歴代社長が恐れた

言うまでもなく朝日新聞は、安倍政権に対する批判的な論調にとどまらず、カルロス・ゴーン日産元社長逮捕、森友事件のスクープなど、国内でもっとも大きな存在感を持つメディアのひとつである。それが朝日の「オモテの顔」とすれば、「ウラの顔」はここ、御影にある。

美知子社主は2008年まで、朝日新聞株の36・4%を所有していた。妹の富美子氏が8・5%、もう一つの社主家の上野家が19・5%の株を保有しており、両家の持ち株をあわせると、64%にも達した。社長・役員の選任はおろか、会社自体を第三者に転売することさえ可能な株数である。

つまり朝日新聞は、この両家によって支配される資本構造になっていた。

朝日新聞本社〔PHOTO〕iStock

朝日新聞の社長は、1964年に村山長挙氏が社長を解任され、その後一時期全日空元社長の美土路昌一氏が務めて以降は、一貫して記者出身者が就任している。

政治部、経済部、社会部で修羅場をくぐり抜け、熾烈な出世レースを勝ち抜いた男たちだが、その歴代社長が過去50年間、もっとも心を砕いた存在=それが美知子社主だった。

 

朝日新聞は、その美知子社主の意向を把握するため、「秘書役」と称する社員を御影に派遣していた。

その最晩年に秘書役になったのが樋田毅氏である。