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朝日新聞の「社主」が死去…歴代社長も恐れた「深窓の令嬢」の素顔

「最後の社主」の歩み

朝日新聞の創業家である村山家。その一族の当主は「社主」として同社と深い関係を保ってきた。樋田毅『最後の社主 朝日新聞が秘封した「御影の令嬢」へのレクイエム』は、今月亡くなった「最後の社主」である一人の女性の姿を克明に描き出す。

深窓の令嬢、波瀾万丈の人生

関西有数の高級住宅地・御影。

阪急電鉄の駅を降り、東に5分ほど歩くと、ひときわ他を圧する豪邸がある。石造りの塀に囲まれた敷地は6000坪を超え、華麗な洋館と趣溢れる和館のふた棟が木立の奥に垣間見える(下写真)。

この家にたったひとりで住んでいた高齢の女性の葬儀が、今年3月5日、邸内の応接間で行われた。

亡くなったのは、朝日新聞社主の村山美知子氏である。

村山美知子氏

1920年8月生まれ、99歳と6ヵ月の美知子氏は、その波瀾の生涯を閉じた。

御霊神社の3人の神職によって行われた葬儀には、朝日新聞社の渡辺雅隆社長、秋山耿太郎(こうたろう)元社長、広瀬道貞テレビ朝日元社長ら朝日の現役・OB幹部が出席した。

 

村山美知子氏は、朝日新聞を創業した村山龍平の孫娘で、父の村山長挙(ながたか)が亡くなった1977年以来、43年の長きにわたって朝日新聞社主の地位にあった。