打倒ぴんからトリオ! 殿さまキングス『なみだの操』200万枚の裏側

宮路オサム×彩木雅夫×長田暁二
バラエティ番組を中心に活動していた4人は、突如本格的な演歌に路線を変更。その歌声は不思議なほど染み渡る。'73年、彼らはこの曲で「歌手」になった。

ぴんからトリオに続け

長田 '73年に発売された『なみだの操』は200万枚超の大ヒットを記録しました。もともとコミックバンドとして知られていた殿さまキングス(以下、殿キン)が演歌に挑戦して大成功した。今考えると異色の作品です。もっとも、'72年には、殿キンと同じ、お笑い出身のぴんからトリオが歌う『女のみち』が300万枚も売れていました。

宮路 当時、演芸ファンの間では「西のぴんから、東の殿キン」と言われていましたが、お茶の間人気では殿キンのほうが上でした。ぴんからの成功の前例を見て、殿キンも歌の世界で期待できるんじゃないかということで、音楽ディレクターの斎藤豊さんからお話をいただいたんです。

長田 斎藤さんはビクターのディレクター時代から森進一などでヒットを出していた。私は当時キングレコードのディレクターだったので、彼とは交流がありました。彼の話によれば、関東の演芸場やキャバレーを廻って、殿キンは歌える、と目をつけたそうです。

彩木 その斎藤さんが古巣のビクターに話を持ち込んだわけだね。

宮路 実はぴんからさんもビクターからデビューする可能性があった。『女のみち』はもともと自主制作盤でしたが、関西で評判になったことでメジャーレーベルから売り出そうということになって、まずビクターに話を持って行ったらしいんです。

彩木 それは初耳だな。

 

宮路 ところが「ド演歌が売れるわけがない」と断られてしまった。当時のビクターは都会的な歌謡曲が主流でしたからね。

長田 結果は300万枚を超える大ヒット逃した魚は大きかったね。