太宰治『人間失格』(筑摩書房刊)

太宰治の古書で一番「価値がある」作品は? 古書探偵が解き明かす!

古書探偵サイコ
古書とは何なのか? 古書についてのルールとは? そして古書を求めて集まる名士たちのエピソードと事件の数々・・・・・・

そんな古書をめぐる「謎」を、きっての「古書マニア」である「古書探偵サイコ」が解き明かす、連載第一回です! 
 

「白っぽい本」と「黒っぽい本」

私の名前はサイコ。かつて神田神保町で『人魚の嘆き』というBARを開いておりました。実は、私には「古書マニア」という別の顔がございます‥‥‥。

古書とは何か、古書のルール、そして古書に集う多士済々・個性豊かな方々と豊饒な市場・・・・・・このお話はそんな古書をめぐる「謎」について解きあかしていきたいと思います。

古本業界で俗に「白っぽい本」「黒っぽい本」という業界用語がございます。前者は素人が好むタイプの本、後者は玄人好みの本と思っていただければよろしいかと存じます。

文学本蒐集家にとって、夭折した作家の処女作などは胸に迫るものがございます。たとえば北村透谷、芥川龍之介、立原道造、中原中也、太宰治らといった作家・詩人らの若い死は文学的ロマンティシズムが伴います。彼らの人生は短いが故に「黒っぽい本」の中でも滅多にお目にかかれない稀覯本の数々を生み出しました。

かたや「白っぽい本」、つまり素人が好む代表格の一冊は、かの新潮文庫が誇る累計部数600万部超えという太宰治の『人間失格』でございます。太宰といえばいまでも相当数のファンがおられますから当然といえば当然かもしれません。

太宰治『人間失格』(筑摩書房刊)

太宰治随一の「稀覯本」は?!

それでは、その太宰の「黒っぽい本」の代表格とは何でしょうか

太宰の中でも一番人気とされる『人間失格』の初版本でしょうか?

古書検索サイト『日本の古本屋』で検索してみましょう。一冊だけ初版本がヒットしました。あららら、帯なしで5万円とあります。

まぁ、なんと強気な値付けでございましょう! 『人間失格』(筑摩書房刊)の初版本は、太宰亡き後に刊行された、つまり戦後の出版物なのです(初出は昭和23年に雑誌『展望』に掲載されたもの)。ちなみに古書市場での相場は帯ナシ本で3000円ほど、帯付きでコンディションが良くても2万円くらいでしょうか。5万円というお値段は、相場を知らない素人しか買わないのではないかと思われます(古書は水モノなので人気の度合いによって値段も大きく変わりますが)。

作家の初版本の中でもっとも入手困難な本を考えるヒントは刷り部数です。

戦前に刊行された太宰本のうち、初版部数が1万部を超えた本が数冊あります。『正義と微笑』(錦城出版社、昭和17年)、『富嶽百景』(新潮社 昭和18年)、『右大臣実朝』(錦城出版社 昭和18年)、『新釈諸国噺』(生活社 昭和19年)、『惜別』(朝日新聞社、昭和20年)などです。現在は純文学の初版部数が3000部程度と言われますから、太宰文学の人気が感じられます……。

では、もっとも刷り部数の少ない太宰の本とは何でしょうか?