新型コロナ危機、「緊急事態宣言」という「劇薬」の是非

宣言に必要な条件とはなにか
山下 祐介 プロフィール

緊急事態の発生と宣言との関係

さて、2011年3月当時の菅直人政権を引き合いに出したので、議論を次に進めやすくやすくなった。

ここまで改正特措法を念頭に緊急事態宣言について述べてきたが、いわゆる非常事態(エマージェンシー、緊急事態)は、宣言がなされてはじめて突入するものとは限らない。

むしろ、現実に発生した災害や事故の中で、宣言することなくその中に入り込むことの方がふつうである。

例えば、大規模災害時に、指定避難所となっている学校の鍵を壊して入ることが、とくに罪に問われないように。

この現実に、注意しなければならない。

東日本大震災でも、地震・津波の自然災害については緊急事態宣言は出されなかったと記憶する。

危機を脱するという目的のため、法を超える緊急事態に入るのに、法は必ずしも必要ないのである。

緊急事態は事実として現れ、そこでは、ふだんでは考えられないような手段が、人命や暮らしを守るためにとられる。

ウイルス感染においても同様で、爆発的な患者の急増(オーバーシュート)によって、例えば今回のイタリアのようになれば現実の方から緊急事態が始まっていく。

法的宣言は、法を超えることを正当化するためのものにすぎないのである。

 

予防的措置としての宣言

もっとも、現実の緊急事態と法的宣言との関係は、このようなものだけではない。

今見たように、緊急事態宣言は本来、緊急事態が発生したから行われる(現実→宣言)のだが、実際に行われる緊急事態宣言には、もう一つ別のもの、すなわち緊急事態発生の前段階で行われるプレ宣言というべきものがある。

ここにさらに重要な問題が浮上するから、注意深く論を進めていこう。

東日本大震災では、原発事故については、津波発生直後の3月11日午後7時3分に、原子力緊急事態宣言が出されている。だがまだこの時点では、事故は確認されていない。この宣言も「万全を期す」ものと説明されていた。

しかし電源喪失がおきており、12日には避難が始まる。その後、ベント作業などを行うが、14日から15日にかけて建屋爆発と大量の放射性物質の放出が生じ、過酷事故が確定的となった。

ここでは現実と宣言の順序が違っていることに注意してほしい。

この宣言は生じた事態に対する宣言であるだけでなく、さらに来たるべき事態を予期して行われた、最悪の事態を避けるための緊急事態宣言だったのである。すなわち、宣言の時点では過酷事故は確定的ではなかった。しかし宣言によって避難をうながすことで、原発近接地域の住民の事故による大量被爆を防ごうとしたのである。