バブル狂乱期の銀行と大蔵省「ヤバすぎる関係」をいま全て明かす!

私が見た接待、蜜月、不良債権…
小野 一起 プロフィール

証券会社の凄まじい「官僚接待」

小野 では話を経済金融史に戻して、まずは1980年代の銀行と証券のビジネスの垣根問題からいきましょう。当時は、それまで証券会社にしか許されていなかった国債の窓口での販売を銀行にも認めるかどうかが一つの焦点になっていました。

高橋 昔は大蔵省でも金融機関の監督など業務が、銀行局、証券局の二つの局に分かれていました。証券会社が、証券局の官僚たちに凄まじい接待攻勢をかけたり、政治家を使って圧力をかけたりして、銀行による証券業務への参入を防いでほしいというのが当時の流れでした。

〔photo〕gettyimages

中でも、証券会社が警戒していた規制緩和の一つが銀行窓口での国債の販売です。私は、入省していきなり、その渦中に放り込まれたわけです。でも、なぜ入省一年目の私が、証券局で銀証問題を担当させられたかというと、先輩のキャリア官僚はみな、こんな仕事をやりたがらなかったからです。だって、銀行局が勝つに決まっているわけです。仕事を始めてみて、びっくりしましたよ。

小野 大蔵官僚としては、多難なスタートでしたね。

高橋 そうそう。本当に驚きました。その時、厚生省から来た課長補佐、あとNTTから来た係長しかいない。その後、国税庁長官になるある官僚が補佐やっていましたけど、すぐに別のポストに移りました。逃げたな、と思いましたよ。役所ってこういう世界かと……。

小野 負け戦が見えていたから、逃げちゃったんですね。

 

高橋 でも私は、銀行と証券の業務の垣根問題を処理する上で、同じ業務をやるんだったら、同じ規制をする流れを作りました。当時は、銀行と証券が別々の法律で規制されていましたから、業界を規制する法律ではなくて行為に着目するルールが必要だと考えたわけです。例えば、国債の窓口販売などのビジネスの内容を問題にすれば、別に銀行とか証券会社とか関係ないわけです。これに対応した法改正の仕事は面白かったですよ。

小野 そうした考えが土台になって、銀行と証券が、いまのように子会社を作って互いのビジネスが可能になる相互参入への流れにつながったわけですね。

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