# ジェンダー # 恋愛

男性の「ありのままの俺を愛してほしい」症候群は、いつ生まれたか

恋愛の歴史から考える
田中 亜以子 プロフィール

しかし、本当にそうだろうか。愛されるためのテクニックとは、基本的に相手の求めていることに配慮することを教えるものである。好感のもたれる装いをし、相手の気分に注意を払い、聞き役にまわり、相槌をうち、相手を居心地よくさせること。これが求められていることの基本である。「素の自分」などというと聞こえはよいが、むっつり黙り込むことが、相手を居心地よくさせるわけはない。

と、このように女性の側の「愛され力」を肯定したり、それを身につける苦労について語ったりすると、男性は「愛され力」のかわりに、経済力を求められて大変なのだという話が必ず出てくる。収入の少ない男性がいかに結婚できていないか、いかに男性は収入が少ないというだけで、女性から不当に排除されているかという訴えがあとに続く。

〔PHOTO〕iStock

そして、話は、収入ではなく、「ありのままの自分」を愛してほしいというという方向へと収束していく。議論は一周まわって、気づけば冒頭へともどっているのである。

さて、本稿の目的は、収入の少ない男性が結婚できないのは、女性が高収入の男性ばかりをねらうからなのか、男性が「愛され力」によって自らを売り込むことをしないからなのかという議論に決着をつけることではない

 

かわりに本稿では、時計の針を140年ほどもどし、まさに愛すること/愛されることをめぐるジェンダー構造がつくられていった現場に立ち返りたい。そもそも「ありのままの自分愛され願望」はどのように生み出されたのか、そして、その願望をめぐる男女差はいかにしてつくられたのか。まずは歴史的視野の下で現状を理解してみようということである。

(以下では、拙著『男たち/女たちの恋愛――近代日本の「自己」とジェンダー』の内容をごく一部紹介する。ご関心をもたれた方は、ぜひ本書を手にとっていただければうれしい。)