思わず感動! わが身を捨てて「家」を修復する「兵隊アブラムシ」

「匠の技」が冴えるリフォーム術を見よ
深川 峻太郎、ブルーバックス編集部

私たちは「部品」である

「虫こぶの修復された部分は、次第に変色して、茶色いかさぶたのようになります。私たちは昨年、アブラムシの体液に含まれる成分が固まるしくみを解明して、フェノール酸化酵素という物質が大きな役割を果たしていることを突きとめました」

「これは、昆虫がけがをしたときに、かさぶたを作るのに使われる酵素なんですね。この酵素が、兵隊アブラムシの血液にはたくさん蓄積されていました。まさに、自分がけがをしたときのようにかさぶたを作って、虫こぶを修復しているわけです」

そのあとの沓掛さんの言葉は、じつに考えさせられるものだった。

「昆虫が自分の体にかさぶたを作るのには、血球が関わっています。だとすれば、兵隊アブラムシは一匹一匹が、血球のような役割を果たしているともいえます」

アリやハチのような社会性昆虫では、「女王」を中心とするコロニー全体がひとつの「超個体」と見なされることもある。そう考えれば、自らは子孫を残さない働きアリや働きバチの利他的な行動も、「超個体」の遺伝子を次世代につないでいくためと理解できるわけだ。

それと同じように、社会性アブラムシのコロニーも「超個体」だとすれば、兵隊アブラムシはその「細胞」のひとつと見なせるということである。“彼女たち”はいわば、かさぶたを作って巣を修復するための「部品」となるために進化したということだろうか。

植物の再生までやっていた

「じつは、虫こぶの修復はこれで終わりではなくて、まだ続きがあるんです」

兵隊たちの修復を映した動画が終わったあと、沓掛さんはそう言った。

「私たちがけがをすると、かさぶたの下で新しい皮膚が再生しますよね? それと同じように、兵隊アブラムシが作ったかさぶたの下では、植物の組織が再生するんです。それは植物が自分でやっているわけではありません。私たちの実験によって、兵隊アブラムシが組織の再生を誘導していることがわかったんです」

【図】虫こぶの穴が修復されるまで
  虫こぶの穴が修復されるまでの作業の流れ。拡大図はこちら

虫こぶを作るときと同じように、唾液で刺激することによって、1ヵ月ほどかけて再生させるのだという。命がけで体液を放出して作るかさぶたは、その時間を稼ぐためのいわば応急処置だった。兵隊アブラムシの虫こぶ修復作業は、そういう二段構えになっているのだ。

【写真】虫こぶの修復
  ①兵隊アブラムシによって修復される途中の虫こぶ、②組織が再生されて穴が完全にふさがった虫こぶ。拡大写真はこちら

これだけ聞かされればどうしても、兵隊アブラムシに感情移入してしまう。しかし考えてみると、ここまでアブラムシに支配されている植物のほうも、気の毒なのではないだろうか。穴をふさいだり組織を再生したりしてくれるのはいいけれど、そもそも虫こぶを作られなければ、襲われて穴が開くこともない。それとも、植物の側にも何かよいことがあるのだろうか。

「植物の側にはおそらくメリットはないでしょうね。虫こぶができすぎると、木に悪影響を及ぼすかもしれません。でも、そもそもアブラムシがどうやって虫こぶを作るのかがまだよくわかっていません。どうして植物の形や性質を変えることができるのかがわからないんです」

「それを理解するために、もっと研究を続けなければいけません。昆虫が植物のホルモンに似た物質を合成できることは徐々にわかってきているのですが、ほかにもさまざまな物質が関与しているはずです」

実験室でアブラムシに虫こぶを作らせるのは難しいので、沓掛さんは春になると、野生の虫こぶを集めるためにあちこちに出かけるそうだ。花見は自粛ムードが広がる今年の春だが、散策しながら木々を眺めるのは問題あるまい。身近なところでこんな自然の奥深さを垣間見ることができるなら、私も虫こぶウォッチャーになってみようと思う。

【写真】沓掛主任研究員

沓掛 磨也子(くつかけ まやこ)
国立研究開発法人 産業技術総合研究所  生命工学領域
生物プロセス研究部門 生物共生進化機構研究グループ 主任研究員

学生時代にショウジョウバエの研究室に入ったのがきっかけで昆虫の研究を始めました。アブラムシとのつきあいは、産総研に来てからですが、かれこれ20年ほどになります。

昆虫の驚くほど多様な生きざまは、私たちにいろいろなことを教えてくれます。苦労も多いですが、これからも楽しみながら、新しい発見ができればと思っています。社会性アブラムシの研究者は少ないので、興味ある若い方の参加を期待しています。

取材協力: