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思わず感動! わが身を捨てて「家」を修復する「兵隊アブラムシ」

「匠の技」が冴えるリフォーム術を見よ

「虫こぶ」って知ってますか?

アブラムシといえば、昔から個人的に気になっていることがあった。私が小学生の頃に流行った、あのねのねの『赤とんぼの唄』のことである。そこでは、赤とんぼの羽根を取ったらアブラムシになる、と歌われていた(さらに、アブラムシの足を取ったら柿の種になる、とも。なんて乱暴な歌なんだ)。

私は当時、この歌を聴くたびに、「アブラムシの身体ってそんなに長いか?」と首をひねっていたのだった。なぜみんな、あれを黙って受け入れていたのだろうか。じつに不思議である。

しかし、今回の探検で解き明かされる謎はそんなことではない(当たり前だが)。産業総合研究所生物プロセス研究部門で主任研究員をつとめる沓掛磨也子さんらは、「兵隊アブラムシが巣を修復するしくみ」を解明したというのだ。

でも、兵隊アブラムシってなんだ? アブラムシから何かを取ったら、兵隊アブラムシになるのか?

興味津々でつくばの産総研にある研究室を訪ねたわれわれ探検隊に、沓掛さんがまず見せてくれたのは、アブラムシではなく、木の枝だった。よく見ると、葉や茎に、何やら不穏な変形がある。ちょっと病気っぽい雰囲気もなくはない。

【写真】イスノキと虫コブ
  モンゼンイスアブラムシが虫こぶを作る常緑樹イスノキ(左上の写真)と、イスノキに作られたモンゼンイスアブラムシの虫こぶ(下の写真左)。大きさは人の拳くらい。イスノキには別種のアブラムシの虫こぶもできる(下の写真右)

「これは、『虫こぶ』と呼ばれるものです」

沓掛さんは言った。

「虫こぶというのは、植物に寄生した昆虫が、植物をさまざまに変形させて、巣として利用しているものです。虫こぶを作る昆虫はいろいろいますが、アブラムシの中にも虫こぶを作る種があるんです。アブラムシの種類によって、作られる虫こぶの形も違います。これはイスノキという常緑樹に作られた、モンゼンイスアブラムシの虫こぶです」

寄生したアブラムシが、針のような構造の口でチクチクと芽や葉の表面などを刺すと、その部分が活発に細胞分裂を始めて、虫こぶになるのだという。

「いわば細胞が『がん化』するようなものです。おそらく、アブラムシの唾液の成分に植物の形状を変えてしまう化学物質が含まれているのだと思われますが、詳しいことはまだわかっていません。植物には発生のプロセスを司るホルモンがあるので、それと似た物質を使って、植物を乗っ取っているのかもしれませんね」

恥ずかしながら私は「虫こぶ」なる言葉を初めて知った。だが、沓掛さんの手元には『虫こぶハンドブック』や『虫こぶ入門』といったタイトルの本もあった。世の中には、野草ウォッチングや野鳥ウォッチングなどと同じく、虫こぶウォッチングの愛好家もたくさんいるのだという。世界は広く、そして、深い。

【写真】沓掛さん
  『虫こぶハンドブック』を手にする沓掛さん

「世界には約5000種のアブラムシが存在しますが、虫こぶを作るのはそのうち10%程度です。アブラムシには社会性を持つものもいて、それらの多くは、虫こぶを作ることが知られています。ただし、虫こぶを作るからといって、社会性があるとはかぎりません」

アブラムシの世界もなかなか複雑なのだ。

兵隊アブラムシは国防軍の幼年兵

社会性がある昆虫といえば、よく知られているのはアリやハチだ。「女王アリ」や「働きバチ」といった階級があり、子孫を残す個体と、子孫を残さずひたすらコロニー(群れ)のために奉仕する個体がいる。アブラムシにも、社会性を持つ種が80種ほど存在することがわかっているという。

「ハチ、アリ、そしてシロアリに続いて、アブラムシが第4の社会性昆虫だとわかったのは、わりと最近のことです。1977年に、当時まだ大学院生だった青木重幸さん(現・立正大学教授)が発見しました」

それは、進化生物学における大発見だったという。

「ただし、アブラムシはハチやアリと違って、そのコロニーで子孫を残せる個体は『女王』だけ、というわけではありません。多くの個体が子孫を残すことができます」

アブラムシ、意外に民主的? と思いきや、話には続きがあった。

「その一方で、外敵から仲間を守るためだけに存在する個体もいるんです。それが、兵隊アブラムシです。青木さんがアブラムシに社会性があることを明らかにしたのも、不妊の兵隊アブラムシを発見したことがきっかけでした」

 ♪アブラムシから繁殖能力を取ったら兵隊アブラムシ……ものすごく字余りではあるが、あのねのねなら、そう歌うかもしれない。

しかし実のところ、兵隊アブラムシとは「本来あるはずの繁殖能力を失った個体」とはちょっと違う。むしろ、「繁殖能力を身につける前の個体」といったほうがいい。つまり「幼虫」なのだ。アブラムシの社会では、未成年を徴兵して「国防」にあたらせている。何ともムゴい話である。

ただし、すべての兵隊アブラムシが不妊というわけではないという。このあたり、アブラムシの社会はいささか込み入っているので、順を追って説明しよう。