もはや神頼みしかない? 日本人は「感染症」にどう対処してきたのか

感染症の民俗学
畑中 章宏 プロフィール

はしかに良いもの、悪いもの

天然痘とともに恐れられた麻疹(はしか)も、日本人とは長きわたる交渉史がある。

『日本紀略』によると長徳4年(998年)7月に、感染症が流行したという記録がある。この病気は「稲目瘡(いなめがさ)」や「赤疱瘡(あかもがさ)」と呼ばれ、「世の中でこの病気から免れている人はいない」と記される。

『栄花物語』にも、「今年例の裳瘡(もがさ。天然痘)にはあらで、いと赤き瘡(かさぶた)の細かなるいできて」とあり、大流行したこの感染症がはしかだったことがわかる。

はしかの民間療法に、伊勢えび、干し柿、金柑などを飲ませるということがあったが、これは早く真っ赤になり、発疹を出しきれば安全だという迷信によるものだった。

江戸時代の文久2年(1862年)、麻疹が大流行した際には、その予防法や摂生の仕方を描いた「はしか絵」が100種類以上出版された。そこには、麻疹にかかっても軽くすむまじないや、食べてもよいものと悪いものが記されている。

 

"食べてもよいもの"は、人参・大根・さつまいも・びわなどの野菜・果物から、どじょう・あわび・しじみ・わかめなどの海産物、麦・小豆・砂糖などの穀物・調味料、みそづけ・たくあんなどの加工食品と、幅広い食材が挙げられる。

"食べてはいけないもの"では、ほうれん草・ねぎ・牛蒡・里芋・椎茸・梅干しなど、栄養がありそうなもののほか、「辛き物」や「油濃き物一切」が挙げられていることから、比較的刺激の強い食べ物が避けられたのだろうか。

こうした食べ物が麻疹に効いたり、悪化させたりという風説は決して科学的ではないものの、感染症状に向き合う庶民の切実さの表れとみるべきだろう。

感染症が発生すると神仏に祈願し、改元し、病原菌を避けるため、衣食住にも気を配った。こういった行動を陋習や迷信と呼ぶだけではすまされない。私たちもいま、未知の病との遭遇に右往左往するばかりではないのか。