もはや神頼みしかない? 日本人は「感染症」にどう対処してきたのか

感染症の民俗学
畑中 章宏 プロフィール

「赤色」を使って天然痘を除く

天然痘(痘瘡)は海外からもたらされる脅威だという見方は近世まで続いた。

元禄時代の医学書『小児養育しらぎ草』には「住吉大明神を痘瘡神としてまつるべし」と記される。これは、痘瘡は新羅からくる病だから、三韓を降伏した住吉大明神をまつることで病魔に勝つ、という信心だったことを示す。

幕末には痘瘡除けの錦絵がもてはやされ、痘瘡神を退治したと伝承される鎮西八郎為朝が好んで描かれた。

疱瘡神をまつる「疱瘡祭」もさかんにおこなわれ、下野(栃木県)では疱瘡祭に供える疱瘡餅を惜しんで減らしたり、餅つきのとき賑やかに騒がなかったりすると病人は死亡するといわれた。疱瘡祭では4本の柱を庭に立て、帷幕をめぐらし、数十人の男女がはやしたてながら餅をつき、赤色の御幣で飾った神棚に供えた。

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子どもが痘瘡に罹ったときにも赤い幔幕を部屋はり、身の回りはすべて赤色のものだけを使った。肌着は紅紬、紅木綿でつくり、12日間取り替えなかった。患者だけでなく、看病人も赤い衣を着た。

なぜ赤色が選ばれたかについては、痘瘡の色を赤いとみなしたためだが、赤色は魔除けの色だという原始的・古代的観念に由来するものだと考えられる。