「感染源は日本人」を親日国インドネシアの豹変と捉えてはいけない

それは本当に日本人への差別なのか
大塚 智彦 プロフィール

穏やかで怒らない日本人像

ではなぜそうした事態に陥っているのか。現時点では2つの可能性が考えられる。

1)たまたま日本人だった
2)誰かに責任を転嫁する必要があり文句を言わない日本人が選ばれた

日本、あるいは日本人という観点でいうと、台湾在住の女性ライターが台湾と日本の感染防止対応策に関する記述で、台湾の対応を「先手防疫」とする一方で、日本政府の対応を「ホトケ防疫」と表現していることが紹介されていた。その心は「成り行きに任せ、淡々と何も欲せず求めずといった態度」ということであると断じていた。

この日本に対する見方がインドネシア人の間にも知られ「ホトケの日本なら文句も抗議も反発もしないだろう」と判断した可能性があるのではないだろうか。甘く見られたといえばそれまでだが、日本、日本人をよく観察しているともいえないだろうか。

記憶に新しい事例としては、2015年に入札が行われたジャカルタ・バンドン間の高速鉄道建設計画がある。直前までは安全性を前面に出して訴えていた日本の企業体が断然有利とされながらも、土壇場で安全面より価格面を優先して安価な建設を訴えた中国企業をインドネシア政府は選択した。

中国が使った説明資料の一部が日本の資料ではないかとの疑惑や、提示した低価格での実現性への疑問が出ていたにもかかわらずの中国落札である。

しかしこの時日本は「残念、遺憾」とするだけで抗議の声も怒りの表明も公にはしなかった。こうした事例がインドネシア人、インドネシア政府の中で「穏やかで怒らない日本人像」となっていたことも影響しているのかもしれない。

未確認情報だが、インドネシアでは3月2日より以前にかなりの確率で感染が疑われる事例が複数報告されていたという。今回の母娘のように「気管支炎」「チフス」というように感染の疑い濃厚ながら他の病気と診断され、投薬や治療で回復してしまった例も含まれているという。いわば「正しく誤診」した結果ともいえる。

しかし「感染者ゼロ」を誇らしげに主張し続ける政府の手前、また国際社会の「ゼロはおかしい」との疑問に堂々と抗議してきた医療関係者の立場から、そうしたケースは不問に付されてきた。しかしついにどこかで感染を明らかにしなければ「もたない事態」になり、この母娘が格好のケースとして最初の感染者として公表対象となったという筋書きである。

まして感染は外部から、それも文句も言わない日本人からの感染、さらに都合がよかったのはマレーシア在住の日本人ということだった。初の感染のケースとしては役者、シナリオとして申し分なかったのだ。

 

繰り返すが、これはあくまで未確認情報に基づく見方であり、インドネシア政府当局が認めたわけではない。