世界最強の海流「黒潮」を手漕ぎの「3万年前の舟」で越えられるのか

丸木舟スギメの大冒険 第2回!
海部 陽介 プロフィール

現代人の我々にとって、目視で距離をつかむのは簡単でない。しかし陸上をいつも歩いて移動していた先史時代人なら、遠くの山を見るだけで、「そこまで歩いてどれくらいかかるか」というような距離の見通しをたてられたことだろう。しかしそれは、我々が真似しようと思って簡単に修得できる技ではなかった。

丸木舟の5人は、実際に花蓮の谷を見て、こう考えた。

「ここで花蓮が見えるということは、自分たちはまだあまり沖に出られていないということだ。黒潮にかなり流されてしまっているので、もっと東へ進まねばならない」

 

このとき5人は知らなかったのだが、現実はその逆で、丸木舟は十分沖に出ていた。こうした一つ一つの判断が、与那国島へ到達できるかどうかを左右していく。

早すぎた黒潮横断

朝日に照らされ明るくなってきた海面を見ると、小さな三角波がたっており、海は凪いではいなかった。風は落ちているのだが、北からやってくる比較的大きなうねりが残っていて、スギメを上下に揺らしている。試練のあとは褒美が待っていてくれてもよさそうなものだが、自然は気まぐれだ。

明るくなった周囲を見回すと、台湾の巡視艇の姿が消えていた。この時点で、私たちは台湾と与那国島のほぼ中間地点に到達していたのだ。このあたりのどこかに、3万年前には存在しなかった、国家間の排他的経済水域の接触ラインというものがあるはずだ。

太陽があるので、しばらくは方角に迷うことはない。午前7時20分には、日がかなり昇った。ほぼ無風で、行く手前方には薄雲があり、その上空には青空が広がっている。北からのうねりは弱まってきたが、波高1メートルほどの南東と南のうねりが混じるようになり、海面の状況はややこしくなってきた。

南から入りはじめたうねりは、少し気になる。出発前に予報で確認したとおり、私たちがいる地点の南東側には、強風帯が存在している。

丸木舟が出航した2019年7月7日の風。 赤い部分は21ノット(10.8m/秒)以上〈図版:『サピエンス日本上陸』より〉

南西から吹くその風がこのうねりを生み出しているなら、私たちはその強風帯に近づいている可能性がある。うねりはその後しばらくして、0.5メートルほどに弱まり、海面はかなり凪いできたが、とにかく古代の航海においては海の変化を注視し、あらゆる事態に備えておかなければならない。
 
この頃、一つ異変が起きていた。丸木舟の航跡が変化したのである。
 
5人が漕ぎ進む方向は、出航後からずっと東南東で、今もそれは変わらない。これまでは、それに黒潮が重なって舟は北東へ進んでいたのだが、夜明け頃から航跡が折れ曲がり、東北東へ動き始めていた。

7月8日9:30ごろの丸木舟スギメの位置〈図版:『サピエンス日本上陸』より〉

スギメの対地速度も、そこで変化している。6時30分に時速8.2キロメートル(秒速2.28メートル)という本航海での最高速度を記録したあと、30分後の午前7時には5.5キロメートル、そして8時以降は平均5.0キロメートル前後と、4割ほど落ちたのである。
 
この意味するところは、明らかだ。

スギメは、ついに黒潮本流の強力な流れを越えたのだ!

それはこの実験プロジェクトで初であり、これまでずっとこの巨大海流に苦しめられてきたことを思い起こせば、素晴らしい成果だ。しかし今はまったく喜べない。海流は見えないので、海上の漕ぎ手たちはすでに黒潮を越えていることを知らない。そして流れの弱まった黒潮の向こう側の海域を、機動力に優れる丸木舟でぐいぐい東へ漕ぎ進んでいることにも、彼らは気づいていない。

このまま行けば、島を外してその南方の海を迷走することになる。つまりゴールに着くことはできない。それよりも怖いのは、この先のどこかにある強風帯に我々が突っ込んでしまうことだ。そこで海が急に荒れ、レスキューも困難になるような事態は何としても避けたい。

このとき私はスマートフォンの画面で航跡を追いながら、一人で緊張していた。

【毎週月曜配信 連載第3回につづく】

「日本人誕生」の謎に迫る!

個性的な仲間たちと体当たりで繰り返してきた数々の実験、現地での予期せぬ騒動、3万年前の航海を徹底的に再現した丸木舟の冒険秘話……

祖先たちの謎に挑んだ実験の全記録がここに。

私たちの祖先は、なぜ、どのように日本を目指したのか──。

人類の「本当の姿」を探る一冊。


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