世界最強の海流「黒潮」を手漕ぎの「3万年前の舟」で越えられるのか

丸木舟スギメの大冒険 第2回!
海部 陽介 プロフィール

あとで聞いてわかったことなのだが、このとき田中さんが、例の台北の街灯りを見てしまい、それを夜明けの薄明かりと勘違いし、そちらへ舵を向けてしまったのだ。そのとき、北の空はかなりクリアになっていて、カシオペア座が見えていたし、北極星が顔をのぞかせる瞬間もあった。しかしひとたび“太陽”を感じてしまった彼女の眼には、それらが入らなくなっていたのである。

午前4時10分、この間に休息をとっていた原さんが起き上がって戦列に復帰したところ、進行方向の目の前に、なんとカシオペア座が見えていた。これで誤りに気づき、スギメは進路を修正した。

カシオペア座 Photo by Getty Images

この30分のロスをどう評価し、どう航海計画に反映させるか。丸木舟の乗員であったなら、それを考えなくてはならない。原キャプテンの決断は、「影響は未知なのでとくに何もせず、そのまま東方を目指す」であった。

このようにアクシデントも悪条件もあったが、総じてスギメは方角を誤らずに、ここまで進んできた。たいしたものである。

午前5時頃、ようやく雲が晴れ、水平線付近を除く全天に星が広がった。海上は凪ぎ、やっと航海に理想的と言える状況がやってきた。漕いだ時間は、もうすぐ15時間を超える。そして、あと少しで夜が明ける。

夜明けに見えた陸

日付が変わった7月8日の午前5時15分になると、東のグレーがかった暗い空が、わずかに明るくなってきた。時間の経過とともに、その明るみがじわじわと広がっていく。今度は本当の夜明けだ。

同時に、丸木舟の方から歌が聞こえてきた。漕ぎ手たちの歌だったが、その疲れた声に、あまり喜びは感じられない。夜明けで気分がよいからというよりは、疲労を追い払い、眠気を覚ますための景気づけに聞こえた。それでも彼らの声を聞けて、伴走船のスタッフは皆安心した。

前方の空の明るさが増すにつれ、水平線上を雲が厚く覆っていることが、はっきりわかるようになってきた。

「やはりそうか……」

私は、夜明けにあるものが見えることを、期待していた。もし水平線上に雲がなく、舟が与那国島に十分近づいていれば、太陽の光をバックに島のシルエットが浮かび上がるはずだ。つまり夜明けは、島の位置を確認できる大きなチャンスなのだ。

 

しかしこの地点で、丸木舟はまだ島が見えるエリアに達しておらず、そして先ほど見たように、雲のカーテンが水平線付近を通過する太陽光を遮っていた。

やがて空はどんどん明るさを増し、上空の星は空にとけ込んで見えなくなり、日の出を宣言するかのように、前方に強烈な薄黄色の光が現れた。

じつはこの少し前から、漕ぎ手たちには、意外なものが見えていた。陸だ。

それは遠くにかすかに見える大きな陸で、左右にそびえる高い山の間に巨大な谷があることが、はっきりとわかる。それは与那国島とは大きさも形も異なっていたし、そもそも与那国島があるべき北東(丸木舟の左前)ではなく、北西(左後)に見えている。

「花蓮の谷だ……」

皆がそう思った。

まず、漕ぎ手がそうわかることが大事である。台湾東岸の主要都市である花蓮は、海岸山脈と中央山脈の間を走る巨大な谷の出口に形成されているのだが、これまでの準備でその地形を覚えていたのがよかった。陸の地形を熟知していれば、その見え方を海から確認することによって、丸木舟の海上における位置を知ることができる。

花蓮の位置に注目〈図版:『サピエンス日本上陸』より〉

しかし残念ながら、もう一つの技法に習熟していなかったため、3万年前チームはこの情報から位置を的確に把握することは、できなかった。
 
それは陸地までの距離を目視でつかみ、与那国島があるはずの方向と距離を頭に描いて、自らの相対的な位置を知るというものだ。それがわかれば、たとえば「黒潮にかなり流されて予定より北へ寄っている」のか、「いい調子で来ている」のか、「黒潮を予想より順調に越えて与那国島の南方に来ている」のか、判断がつくだろう。