世界最強の海流「黒潮」を手漕ぎの「3万年前の舟」で越えられるのか

丸木舟スギメの大冒険 第2回!
海部 陽介 プロフィール

驚いたが、先方は飲み物を差し入れたいので船を横付けにしてくれと言っているらしい。その船上で、眩しいオレンジ色の作業服に身を包んだ6人ほどの若い船員たちが、準備に動いていた。

我々の安全を守るだけでなく、このチャレンジを応援しようとする彼らの気持ちが伝わり、嬉しかった。しかし結局のところ2つの船は波に大きく揺られ、接近は危険と判断して、我々は申し出を丁重に断った。まだ、海はそれだけ時化ているのだ。

瞬くような星空の下で

耐えるべき時間は、この先どこまで続くのだろう。状況はわずかに改善の兆しを見せているが、依然として海面の状態は丸木舟にとって厳しく、星は道標としてまだ頼りない。

21時半頃、その夜初めて北極星が姿を現わした。同時に北斗七星のひしゃくの柄の部分も見え、その後、北の空では次第に星が増えていった。

それからしばらくして、海の上は少し冷えてきた。寒いというほどではなく、漕ぎ手にとっては歓迎できる気温だ。この夜の数少ない好材料の一つである。

そこへ丸木舟の右側遠方から、タンカーらしき大型船が近づいてきた。前方であんなものと交差したらたいへんだと少し緊張したが、こちらのスピードがあまりに遅いので、結局その大型船はスギメのはるか前方を、右から左へと通過して行った。

前方では、木星とベガ(織姫星)はよく見えていたが、22時になる頃にアルタイル(彦星)が再び現れ、そしてデネブが初登場し、ようやく「夏の大三角形」を構成する3つの1等星が勢揃いした。

(参考)夏の大三角形 Photo by Getty Images

その30分後の22時半には、南東の上空にさそり座と土星も姿を見せ、空は見違えて賑やかになってきた。風も弱まってきて、急に空気のじとっとした湿り気が感じられるようになる。海上にはまだ白波が残っており、予断を許さないが、波も目に見えて穏やかになっている。

このタイミングで、漕ぎ手たちは、ようやく休憩を入れるようになった。時はすでに夜半。出航から8時間、時化はじめてから6時間が経過している。転覆することなく、何とか荒海を乗り越えたという安堵感で、少し肩の力が抜ける。

ただし自分たちはまだ黒潮の上にいることを、忘れてはならない。だから東へ漕ぎ進める手を止めるわけにはいかない。各自の判断で休憩はできるだけ短時間にし、一息入れたらまた漕ぎの戦列に復帰する。

夜半のアクシデント

23時をまわると、完全ではないが、雲がかなり晴れて一気に星空が広がった。織姫星と彦星はもちろん、二人の間を流れる天の川も、もうすぐ見えそうだ。ところが零時になると、また雲が出てきてしまった。

星はきれぎれで頼りなくなったが、もう背後の月もない。緩やかな北風にも頼りながら、何とか空に手掛かりを探して舵を切る。

 

じつはこのとき、伴走船上の私は、北西の空がぼんやり明るくなっていることに気づいていた。これはおそらく、山のはるか向こうの大都会である台北市の街明かりが、雲に反射されて見えるものである。漕ぎ手には知って欲しくない指標だが、彼らは丸木舟から後を頻繁に振り返ることはしないので、おそらく問題ないだろうと考えていた。

日付が変わった深夜1時過ぎに、また大型船が現れた。今度は丸木舟の進路と重なりそうだったので、こちらが一時停止して回避した。その頃から雲が上空を覆いはじめ、やがて星がほとんど見えなくなってしまった。

スギメは再びピンチを迎えてしまったのだ。雲は無慈悲なほど厚く、伴走船上で自由が利く私でさえ、星による方角を見失うありさま。頼りにしていた風向きも、微風となった今ではほとんど役に立たない。それでも丸木舟は進むべき方角を誤らずに、じわじわと与那国島へ近づいていった。

アクシデントが起きたのは、そんな状況がしばらく続いた午前3時40分だった。スギメが船首を真北へ向けて進み始めたのである。黒潮上を黒潮の流れの方向に漕いだら、東へ向かいたい私たちのプランが台無しだ。しかし伴走船上からは位置や方向を教えないルールがあるので、私たちも状況がわからぬままついて行くしかない。
 
落ち着きを取り戻した海上は、暗いがとても静かで、風向きは北西からの微風に変化していた。その中をスギメは、不可解な北への航海を30分間続け、それから突然、本来の東へ進路を修正した。