〈撮影:海部陽介〉

世界最強の海流「黒潮」を手漕ぎの「3万年前の舟」で越えられるのか

丸木舟スギメの大冒険 第2回!

3万年前の祖先たちは、なぜ海を越え、日本列島に渡ったのか──。この謎を解き明かすべく始まったのが「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」。

当時使っていたであろう丸木舟を石器で製作し、当時と同じ条件で、台湾から日本列島を目指す。

プロジェクトのクライマックスとなった実験航海の模様を、完全追跡! 連載第2回の今回は、丸木舟スギメに訪れた「最初の夜の試練」の様子をお届けします。(第1回はこちら

【登場人物紹介(敬称略)】

原 康司:経験豊富で常に心穏やかな頼れるキャプテン
宗 元開:レジェンドと呼ばれる伝説のカヤッカー
鈴木 克章:草・竹・木の全ての舟を漕いだ唯一の漕ぎ手
村松 稔:与那国の魂を背負って漕ぎきった役場職員
田中 道子:抜群のパドルセンスで丸木舟を操った舵とり

星が見えない最初の夜

原さんも鈴木さんも、北風は夕方までに落ち着くだろうと、少し楽観的に考えていた。ところがそうはならず、19時45分(現地時間では18時45分)の日没を迎えたとき、風はやや弱まったものの止む気配を見せない。それから30分後には周囲が一気に暗くなり、海上が時化たまま、私たちは夜の海の世界へと入っていった。

背後で、太陽が沈んだ西の空はまだぼんやり明るい。その上空には、上弦の月が出ている。しかし漕ぎ手たちの前方に広がる東の空は、ただただ暗く、星がまったく見えない。雲が立ち込め、頼るべき方角の指標を覆い隠してしまっているのだ。

「せっかくの本番なのに何てことだ」

私は落胆に腹立たしさが入り混じった気持ちになったが、自然相手に感情をぶつけても仕方ない。今できるのは、別の情報を何とか探して、それらを最大限うまく使うことだけだ。

 

背後で見づらいが、月が沈むまでの3時間ほどは、少なくともそれが方角を示す。さらに北風と北東うねりも、指標にはなる。当面はこれらで凌ぎ、時間の経過が状況を改善することを期待しながら、先へ進むしかない。

Photo by Getty Images

夜の20時半になっても、西の空にはまだかすかに太陽の痕跡が見て取れた。次々と手掛かりが失われつつあり、この先どうなるかと思っていた矢先、天頂の雲の間に、アルクトゥルスが光った。そして南西の空には、一瞬だったが木星が顔をのぞかせた。

折しも今日は七夕の夜。その主役である織姫星(ベガ)と彦星(アルタイル)が出てくれれば、それぞれ北東と東を教えてくれる。3万年前に七夕伝説はなかっただろうし、新暦の七夕は旧来の七夕とは時期が違うそうだが、とにかくこの2つは、我々を目的の場所に導いてくれる大事な星なのだ。

そう願い続けてしばらくした20時45分、雲の隙間に、わずかな間ではあったが、ベガとアルタイルが姿を現した。そして周囲が完全に暗くなるとともに、風が明らかに弱まってきた。よい予兆だ。あとはこの先、どこまで雲が晴れ、風が弱まり、水面が落ち着いてくれるかである。

暗闇の中、伴走船は、丸木舟の後部に装着した点滅する航海灯を追う。しかし丸木舟の上で5人がどうしているのかは、こちらからはあまりよくわからない。彼らも緊急時に備えてヘッドライトを持っていたが、それを使ったのは、船内にたまった海水を排除するときなどに限定していた。

暗い夜の海とはいっても、洞窟のような真の暗闇とは違う。月や星のわずかな灯りがあり、眼が慣れてくると、ある程度周囲がわかる。前方にはグレーがかった雲と黒い水面の間に、水平線が確認できた。しかしまだ星空というほどの状況には遠く、鍵になるいくつかの星が、5分ほど見えたり隠れたりを繰り返していた。

星がまったく見えない絶望感から解放されつつあるのは、救いだ。しかし漕ぎながら頭を上げて首を回し、あちこちに見え隠れする星をちらっと見てどの星かを判断する作業は、続けていると負担になる。その中で、背後の西の空で強い光を放つ月が、頼れる存在となっていた。しかしそれを頼れるのも、あと2時間ほどだろう。

そんなとき、21時頃だったのだが、台湾の海巡署の船が、私の乗る伴走船に突然近づこうとしてきた。強烈なライトをつけたその巡視艇は、我々の船より一回り大きい。