子どもが私を救ってくれた

千恵さんにとって、子育てはとても楽しいものだった。
「手がかからない赤ちゃんでした。よく寝て、いつもニコニコ笑っていて。いろいろ大変だったぶん、神さまがそのあたりの苦労を取り除いてくれたのかな、と思うくらい、かわいい、楽しい、で過ごせました」

実家暮らしで、子育ての手が十分にあったことも大きい。両親はもちろん、同居の姉も子どもにメロメロ。それまで脳梗塞の影響で入退院を繰り返していた父親も、孫の誕生で気力が充実したのか、すっかり身体が丈夫になった。
「子どもが3歳になるまで私は仕事はせず、おんぶに抱っこで親に迷惑をかけましたけど、孫と密接に触れ合える時間をつくったという意味では親孝行ができたのかな」

千恵さんの娘の存在が、千恵さんのご両親や姉の気持ちも明るくしてくれた(写真の人物は本文と関係ありません)Photo by iStock

守らなければならない子どもの存在が、そして家族の絆が、傷心の千恵さんを癒してくれた。
「ある意味、私のわがままでこの世に送り出したんだから、責任もって育てないと、と思いました。私がメソメソしていたら、この子もメソメソした子になってしまう」

子どもの保育園通いで得たママ友との出会いも、千恵さんに元気をくれた。
「子育てしながら働いているお母さんたちって、忙しくて大変だけど、みんなキラキラしてるんです。朝、『おはよう、今日も頑張ろうねー』、夕方、『おかえり、おつかれー』って声をかけあって、たまに時間合わせて飲みに行って。みんな仲間、同志、って感じ。私も頑張ろう! と思えるようになったのは、彼女たちのおかげですね」

理由は今もわからない

いま、子どもは8歳。おしゃまで元気に育っている。元夫は毎月欠かさず養育費を振り込んではくるものの、それ以外のアクションは何もない。風の便りでは元夫はいまだ独身で、実家の近くで一人暮らしをしているらしい。

会ったこともない子どもの養育費を払いながら、元夫はいったい何を考えているのだろう。
「結局、元夫にとっては自分の親がいちばん大事で、私や自分の血を分けた子どもはそれ以下だったということですよね」

千恵さんは、なぜこの結婚が離婚という結末を迎えてしまったのか、いまも腑に落ちていない。義母は昔、元夫にとっての姉である娘を病気で亡くしたと聞いている。それで義母は、元夫にあれほど執着していたのか。孫という存在が、義母の喪失感を埋めるわけにはいかなかったのだろうか。何より、元夫はどうして私と子どもを守ってはくれなかったのか。考えても考えても、堂々めぐりだ。

が、ここにきて、ようやく吹っ切れてきた。
「こんな酷い目に遭った自分が惨めで、人に不幸だと思われたくなくて、誰にも何も話さないでここまできました。でも、ちょっと気持ちが変わってきたんです。世界でいちばん不幸だと思っていたけど、もしかしたら、自分が思っているほど大したことじゃなかったのかもしれないなあ、って。この取材を受けたのは、すっきりと前を向くための第一歩!」

話し終えた千恵さんの表情は明るかった。

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