「なかったことにしてほしい」

元夫と千恵さんは東京に戻り、形だけでも結婚→妊娠の流れをつくりたい義母の言いつけ通りにまずは入籍、それから母子手帳を取りに行った。帰郷以来、ずっと浮かない顔をしている元夫のメンタルは気になったものの、千恵さんは不安を押し殺し、日に日におなかの中で存在感を増してくるわが子に気持ちを向けていた。

妊娠も4ヵ月目に入ったその日、千恵さんは検診に出かけた。産院からもらってきた子宮のエコー写真を見せながら「予定日は10月15日だって!」と報告する千恵さんに、元夫は「今夜、君の実家に行こう」と言った。

「なんだろう……と思いながらも2人で実家に行ったら、元夫が私の両親に向かっていきなり『結婚も妊娠もすべてなかったことにしてくれ』って頭を下げたんです。何言ってるの、できるわけないじゃん、そもそもそんな大事な話、まずは私たち2人で話し合うことでしょ? 私はそう言ったんですが、元夫はただ『なかったことに』と繰り返すばかりでした」

義母が夫を連れて帰る

帰郷後も義母は元夫に電話で不満を伝えていたらしい。元夫は千恵さんと義母との板挟みで苦しみ、結局、義母をとったのだった。

「自分の身にいったい何が起きたのかわかりませんでした」

千恵さんはその日からしばらく実家に泊まり、元夫は家に帰らず友だちの家を転々としていた。しだいに会社にも行かれなくなるほど病み、そうこうするうちに義母がやって来て「東京には息子を置いておけない!」と、九州に連れ戻してしまった。2人の話し合いは何もないまま、千恵さんは取り残された。
「あのころ、どうやって暮らしていたんだろう。あまり記憶がないんですよね」

話し合いすらなかった… Photo by iStock