コロナ危機、“科学を軽視する”安倍政権の「限界」

大震災・原発事故の教訓はどこへ…
山下 祐介 プロフィール

リスクの可視化が行われていない?

同様に、今回の新型コロナウイルスへの対応にも、今述べた(1〜3)の手続きが適切に実施されていない。

まず指摘しなくてはならないのが、原発事故も、新型コロナも、いずれもその検査体制が不十分であり、(1)リスクの原因体の可視化に失敗しているという点である。

2011年の原発事故では、国による避難指示区域からの避難者に対してさえも、適切なかたちでその被曝量の検査が行われていない。

今回の放射能汚染がもたらした実際の身体への影響については専門家の評価は様々だが、いずれにしてもこの領域に携わる人々が口を揃えて主張していたのは、「何がおきて、人がどこでどれほど被ばくしたのかをまずは明らかにすること」だった。

そしてその手段はあり、検査体制を整えることも可能だった(例えば金銭的には有り余るほどの予算が投じられていたのだから、財政的な理由でやらなかったのではない)。

だが結局そうした検査体制は構築されなかった。

なぜしっかりとした検査体制が確立されなかったのかについては、一般に、政府が被爆者数を減らしたかったからだろうと理解されている。筆者もそれ以外に説明のしようがないと考えている。

この間の官邸と所轄官庁(経済産業省、厚生労働省など)、そして加害者である東京電力との関係ははたして適切なものであったのかなど、この先、いつか問題が解明されるときが来るだろう。

 

さて、この原発事故と同様に、今回の新型コロナウイルスの検査体制もまた、3月後半に入ってもなおまだ整っていない。

検査はいたずらに増やすべきものではないが、医師が必要と判断したケースでさえ検査が行われていない例もあると伝えられている。保険適用になった現在もなお、実質的なルールは変わらず、実際の検査へのハードルは高いという(帰国者・接触者相談センター経由であることはかわらない。つまりはなおも水際対策の体制のままにあるということか)。

先述のように、日本の感染者が少ないのも、つまりは検査をしていないからだとの批判もある。

ここにはなにか、国民の命を守ることとは別の意図が働いているのではないかという疑いさえもたれ、国民の不信や不安を増幅する原因にもなっている。