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「人権」と「思いやり」は違う…日本の教育が教えない重要な視点

「道徳」で「差別」に挑んではならない

多様性を尊重できない教室 

今日、「多様性」の尊重・承認は、どの分野においても重要視されている。この点は、教育政策においても、決まり文句のように語られている。しかし、その実態はかなりあやしい。

たとえば、学校教育が、男女という性別をめぐる固定観念・偏見からどれだけ抜け出せているかどうかを考えただけでも、そのことがよくわかるのではないか。世の中では、ようやく「性の多様性」という言い方が一般化しつつあるとはいえ、学校文化はまったくそれに対応していない。

ほかにも、日本語指導が必要な外国にルーツをもつ子どもたち、また、さまざまな障害のある子どもたちが安心して学べる環境が未だに整備されていないことを考えても、多様性の尊重が実態を伴っていないことがよくわかる。それどころか、むしろ近年、このような子どもたちを普通学級から排除していく方向が顕著となってきている。

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また、不登校の子どもたちに対しても、「別の場所を用意するから無理して来なくていいよ」といった趣旨の法律(義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律)が2016年に制定されている。無理しなければ行けなくなるような学校にこそ問題があるはずなのだが、なぜか子どもに問題があるかのように語られてしまう。

 

しかも、この「排除」は、「その子に合った指導を」という言い方で進行する。結果として、子どもたちの多様な出会いの機会はどんどん失われていく。人権保障は、人々の「多様性」を否定したところでは成り立たない。