昨年、ロンドンに短期留学をしてきた。

有給をかきあつめて、1カ月だけの休みをとってなんとか行ってきたので、正直「旅行」に毛が生えたような長さだし大して英語力が上がったわけではない。それでも「30歳になっても新しいことって始められるし、楽しいんだよな~」と思えた、いい機会だった。

写真提供:ひらりさ

実は私が短期留学にチャレンジしようと思ったのは、会社に、40歳ながら通訳養成スクールに通っている女性がいるのを知ったからだった。

彼女――Lさんは昨年弊社に入社して同僚になった。現在夫と都内で二人暮らしだが、これまでの人生のほとんどを非正規雇用で働き、一時期は都民税が払えなくなったことまであるという。

「いや~、私本当に行き当たりばったりだから。ひらりささんとか、きちんとキャリアを考えて働いていて、すごいと思うな~」

私からしてみると、新しいことに貪欲に、いきいきと暮らしているLさんのほうを尊敬するし、関心がある。ということで、Lさんの社会人人生を取材させてもらった。

ノーフューチャー

Lさんは、とある国立大学の文系学科出身。日本で育ったが、海外への憧れがあり、通っている大学に無償の交換留学プログラムができたときも、一も二もなく申し込んだ。

「アメリカで一年近く過ごせるプログラムだったんだけど、すごく楽しかった。そのとき家が荒れていて、兄弟と親がずーっと喧嘩してたんですよ。そのバトルを見てると胃が痛くなっちゃって、家から離れたいのもあったんです。目の前の嫌なことから逃れるのに必死で、将来のこととか考えられなかったですね。ノーフューチャーな感じ。

とにかく遠くに行けて、しかもアメリカで、それを満喫していました。一緒に行った友達が日本の就活サイトに登録したりして、地道に頑張ってるのは気づいてたんですが、何の危機感もなかったですね……」

戻ってきたLさんは、留年して5年生に。そこから就活を始めるもいっこうにうまくいかなかったが、危機感はほとんどなかった。卒業年度となる2003年は、大卒の就職率が日本史上最低の55.1%となった年。周りにも就職ができなかった学生が多かった。

「それでも、私だけ『就活って朝何時から始まるの?』みたいなレベルだったので、周りから『L、マジでやべえよ』と心配されてました。結局5年のうちに内定がもらえずに卒業して、派遣会社に登録し、とあるコンピュータソフトの会社で事務員をやることになりました