日本の野球が、世界でもトップのレベルを誇っているのは、彼らの存在によるところが大きい。数字には表われない、相手の心理や癖まで分析し、勝利につなげるスコアラーの世界。発売中の『週刊現代』が特集する。
私のスコアラー人生で最も印象深い試合のことをまずお話しします。
「この打席、僕は何を狙えばいいですか」
2009年、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)決勝の韓国戦でのことです。3対3の同点で迎えた延長10回表、2死一、三塁の場面で、打席に向かう直前のイチローが私にこう尋ねてきたのです。
それまでの大会期間中、彼が私にアドバイスを求めることはなかった。最後の最後に世界のイチローに頼られるなんてスコアラー冥利に尽きる、と感じました。
「シンカーだけ狙っていこう」
私は短く、そして強く、イチローに伝えました。
マウンドに立つのは、当時ヤクルトに所属していた抑えのエース、林昌勇。彼のことは、シーズン中から注意深く分析していました。キレのいいストレートも脅威ですが、決め球はなんといってもシンカーです。
特に左打者のイチローに対しては逃げていく軌道となるため、より有効なボールになる。困ったら、林は必ずシンカーを投げてくるという確信が私にはありました。
イチローはファウルで粘ったあとの8球目を、見事センターにはね返しました。これが決勝点となり、日本代表は世界一を手中に収めた。イチローが最後にとらえたボールは、シンカーでした。
こう語るのは、スコアラーや編成統括ディレクターとして30年間以上にわたり巨人を支えた三井康浩氏(59歳)だ。
スコアラーとしては22年間で8度のリーグ優勝、4度の日本一に貢献し、'09年の第2回WBCでは原辰徳監督の指名でチーフスコアラーを務めた。