新型コロナ、日本の対策を「評価」する時に知っておくべきこと

日本の公衆衛生に必要なのはCDCか?
奥村 貴史 プロフィール

逆に、対策における利点や長所を明らかにすることにも、問題がある。なぜだろうか。感染症対策等のリスクコミュニケーションにおいては、「シングルボイスの原則」がある。公衆衛生上の施策には本質的に人権上の矛盾があり、対策に関わる当事者においても意見が一致しない状況は生じうる。たとえ有意義な施策であったとしても、当事者個々人が発言を始めてしまえば、発言間の些細な齟齬が余計な社会不安を生じかねない。

そのため、危機管理案件においては、状況を知りうる立場であればあるほど口をつぐまざるを得ず、限られた情報しか持たない者ほど発言が増えるというジレンマがある。

これまで述べてきたような要因が複合的に関わることで、パンデミック対策の成否の評価には、大きな困難が生じる。

もちろん、感染症対策において人権の制約も含む権限を付与されている行政機関を健全に運用していくうえで、権力監視は死活的に重要である。その一環として、公衆衛生当局は情報開示を行い、関連する学術団体や研究者は情報収集を行い政策を評価する。ジャーナリストは、こうして公開された情報や議論を参考にしつつ、各国間での政策効果の比較検討等を自由に試みるのが健全であろう。

しかしながら、定量的な公開情報とならない課題については、公開の場での議論に繋がらず、技術革新が進まずに旧弊が温存されるリスクを孕んでいる。それが、先に述べたような、情報技術における他のアジア諸国との大きな差に繋がった。

 

日本のパンデミック対策に必要なもの

では、日本のパンデミック対策には、何が求められているのだろうか。

新型コロナウイルス感染症への対応に際して現出してきたさまざまな不具合に接し、有識者の多くが、その原因として「わが国におけるCDCの不在」を掲げてきた。CDCとは、アメリカ疾病予防管理センター (Centers for Disease Control and Prevention)の略語であり、米国において感染症制御の司令塔的役割を担う組織である。