新型コロナ、日本の対策を「評価」する時に知っておくべきこと

日本の公衆衛生に必要なのはCDCか?
奥村 貴史 プロフィール

そもそも、新型コロナ対策における成功とは、何を指すのだろうか? 日本では基本的に、患者は通院先を自由に選択することを通じて、医療を評価している。患者からみた主観的な満足や不満は、時には医療政策そのものにも影響を及ぼしうる。

一方、「公衆衛生」は、その名に「公衆」が含まれる通り、社会における「集団」を対象としている。その集団のなかの「個々人」は、場合によっては、集団全体の利益のために大きな不利益を被りうる。たとえば、指定された伝染性の疾患へと罹患することで、プライバシーに関わる情報を当局へと提出せざるを得なかったり、就業等の制限を受けたりしうる。

ここには、人権の尊重と社会防衛との間に大変な緊張関係が生じるが、その評価においては、「社会集団全体にとっての利益」という観点が問題となる。

守秘義務の関わり

こうした特性を内在した公衆衛生においては、もう一つ、あまり語られない特性がある。公衆衛生には、その学理の探求と人材育成とを目的として、大学を中心とした学術機関に研究教育者がいる一方で、国や自治体等の公的組織に属する保健所長等の公衆衛生医や保健師、技官等がその実務を担っている。

両者には、各種学会を通じてオープンなコミュニティがあるものの、後者は職業上の守秘義務を負った立場であり、後者の人材を中心としたまた別のクローズドなコミュニティがある。公衆衛生には母子保健や歯科衛生等様々な分野があるが、感染症対策はバイオテロ対策等の危機管理と直結しており、守秘義務上の制約がとりわけ生じやすい

 

これは、社会の安全にとってやむを得ない措置と言える。守秘義務を負った人材がパンデミック対策における課題や問題点を軽々しく公言すれば、社会にとってリスクとなる。