# 介護 # 熟年離婚

わが親の「介護離婚」でヤバいことになった40代サラリーマンの悲劇

父の介護と、母の支援という過酷な現実
太田 差惠子 プロフィール

母は介護に疲れて家を出た

5年前、ナオキさんの両親は東京都内の実家で2人暮らしをしていました。一方、父方の祖母(当時80代)は埼玉県の自宅で1人暮らしでした。

その祖母に認知症の症状が出て、交番から保護したとの連絡が度々入るようになると、父親は母親に介護をするように言ったそうです。

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最初は、母親は祖母宅に通っていましたが、次第に通いでは追い付かなくなり、泊まり込むようになりました。

母親が祖母を施設に入れることを提案しましたが父親は「かわいそうだ」と頷かず……。母親は疲弊したのでしょう。あるとき「これ以上はできない」と言い残し、自分の実家へ。その後、両親は離婚に至りました。

母親が実家に戻ってしまった後、父親が祖母のところへ行きましたが、父親による在宅介護は長くは続かず……。祖母は施設に入居し4年後、亡くなりました。

 

「結局施設に入れたのだから、母が提案したとき入れれば良かったのです。そうすれば、離婚には至らなかった。父に対して、無性に腹が立ちました。以来、父とは祖母の葬儀や法要で会うくらいで疎遠になりました。母とは、年に2回くらいは会っていますが……」

しかし、その後、ナオキさんは大きな負担を強いられることになってしまいました。

昨年暮れ、父親が脳梗塞で倒れたのです。