新型コロナとの戦い「公務員」を切り捨て続けてきた日本のツケ

「市民を雇わない国家」の行方
小谷 敏 プロフィール

日本の公共部門は、本来自らが担うべき業務を民間に任せることによって、少ない人数でなんとかやりくりしてきた。公務員の削減は、一面で良質な雇用が失われることを意味している。そのことを前田は強調している。公共部門は女性にとって働きやすい職場なのだから、「市民を雇わない国」であることが、日本で女性の社会進出が進まない一因である*4

もともと少ない公務員の数を、21世紀に入ってからの一連の「改革」は、さらに大規模に減らしてしまったのである。公共部門の抱える人員と、施設設備等は、災害や疾病の発生に際して、利用可能なリソースとなりうる。「市民を雇わない国」の危機対応が脆弱なものとなることは、理の当然といえる。

中曽根「民活路線」という転換点

公共部門の削減を加速化させていったのは、1982年に誕生した中曽根康弘政権である。当時、日本国有鉄道(国鉄)は、22兆円もの赤字を抱えていた。自民党の政治家たちが、選挙区への利益誘導の一環として、採算の合わない赤字路線を多く造ったことが巨額赤字の最大の原因であった。

 

ところが中曽根は、巧みにその責任を当時強力だった国鉄の労組に転嫁し、国鉄の分割民営化を支持する世論を醸成していったのである。1987年に国鉄民営化に成功した中曽根政権は、日本電電公社と専売公社の民営化をも実現している。中曽根民活路線は、アメリカのレーガン、イギリスのサッチャーの新保守主義的改革と軌を一にするものであった。そして中曽根民活路線の「成功」は、非効率な公共部門に対する、「民間」の優位性という認識を広く浸透させていった。

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