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松岡正剛が読み解く、「日本文化の核心」に迫るための手がかり

安易な日本論から「濃い」日本論へ
「ワビ」「サビ」など、難解でわかりにくいと思われがちな日本文化。その核心にはなにがあるのか、「濃い日本(ディープ・ジャパン)」の特色とはなにか。日本文化に精通した「知の巨人」松岡正剛氏が語る。

日本文化としての「たらこスパゲッティ」

1970年代のおわりのころだと思いますが、渋谷の「壁の穴」という小さなお店で「たらこスパゲッティ」を初めて食べたとき、いたく感動してしまいました。バターとたらこでくるめたパスタに極細切りの海苔がふわふわと生きもののように躍っている。それをフォークではなく箸で食べる。なにより刻み海苔がすばらしい。よしよし、これで日本はなんとかなる、そう確信したものです。そのうち各地の小さなラーメン屋が独特ラーメンを次々につくりだした。

たらこスパゲッティは箸で(photo by iStock)

まもなくコム・デ・ギャルソンやイッセイやヨウジがすばらしいモードを提供しはじめました。世界中にないものでした。また井上陽水や忌野清志郎や桑田佳祐が独特の日本語の組み合わせと曲想にのってポップスを唄いはじめた。大友克洋の「AKIRA」の連載も頼もしい。よしよしいいぞ、これで日本はなんとかなる。そう感じました。

私はといえば工作舎でオブジェマガジン「」の第三期を了え、講談社に頼まれた「アート・ジャパネスク」全18巻を編集制作していたころです。横須賀功光や十文字美信に国宝級の美術品を新たなセンスで撮ってもらい、まったく新しい切り口の日本美術文化の全集をつくっていた時期です。

新自由主義とマネー主義が文化を破壊する

それから10年後、ふと気がつくと日本はがっくり低迷していました。民営化とグローバル資本主義が金科玉条になり、ビジネスマンはMBAをめざし、お笑い芸人がテレビを占めて選挙に立候補するようになり、寄るとさわると何でもやたらに「かわいい」になっていた。司馬遼太郎が「文藝春秋」に『この国のかたち』を連載しながら、日本はダメになるかもしれないと呟いていた。

また10年後、ベルリンの壁がなくなった反面、湾岸戦争が新たな大矛盾をもたらしていたなか、日本はバブルが崩壊したままに「かわいい」文化を蔓延させていました。 それでもインターネットが登場して、これなら日本は独自の編集文化力をふたたび発揮するだろうと期待をしたのですが、電子日本はアメリカン・テクノロジーの追随に走るばかり、そこへもってきて上っすべりの和風テイストばかりが横行するようになっていました。