3月13日 青函トンネル開通、青函連絡船廃止(1988年)

科学 今日はこんな日

地球のみなさん、こんにちは。毎度おなじみ、ブルーバックスのシンボルキャラクターです。今日も "サイエンス365days" のコーナーをお届けします。

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

この日、本州の青森と北海道の函館とを結ぶ青函トンネルが正式に開通しました。

それまで、本州と北海道は青函連絡船が結び、津軽海峡を越えて数多くの旅客や貨物を運んでいました。

 〈3月 7日 青函連絡船の就航(1908年)〉

青函連絡船1950年代の絵はがき Photo by Kodansha Photo Archives

しかし、1954年9月に日本を襲った台風第15号によって、当時青函連絡船として使われていた船舶「洞爺丸」が沈没してしまいます。この事故は1000人以上が犠牲となる世界的な海難事故となりました。これをきっかけに、戦前から存在していた青函トンネル建設計画が本格的に検討されるようになったのです。

 

後に「洞爺丸台風」と呼ばれたこの台風から10年後、青函連絡船の運用を続けながら1964年にトンネルの掘削が始まります。

しかし、日本鉄道建設公団(現鉄道建設・運輸施設整備支援機構)によって進められた工事は困難を極めました。特に海底部の掘削では4度もの大出水事故に見舞われ、水没の危機に陥ります。その対策として、これから掘削する場所のボーリング調査を水平に行う「先進ボーリング」や、岩盤に特殊なセメントを注入する「地盤注入」といった技術を開発し、1985年にようやくトンネル本坑が貫通したのです。

 〈1月27日 青函トンネル、先進導坑貫通(1983年)〉

そしてその3年後、1988年の3月13日に、青函トンネルを走るJR津軽海峡線が開業になり、それにともなって青函連絡船はこの日かぎりで運行を終えました。

これによって津軽海峡横断のために必要な時間が2時間以上短縮され、さらに同年4月〜6月における函館市での宿泊者は前年比25%増を記録しました。

一番列車青函トンネルを通り抜け青森側に姿を現した特急「はつかり」 Photo by Getty Images

2016年には青函トンネルを区間に含む北海道新幹線が開業し、北海道の木古内駅と青森県の奥津軽いまべつ駅が最短33分で結ばれるようになりました。

北海道新幹線北海道新幹線 Photo by Getty Images

一方、函館市には青函連絡船記念館があり、連絡船のうちの一隻「2代目摩周丸」が保存されるなど、往事の歴史を知ることができます。