「神様を信じれば、どんな夢でも叶えられるし、幸せになれるんだよ」

しわだらけの祖母が顔を綻ばせながらそう言うたび、ぼくは不思議そうに彼女を見つめた。どんな夢でも叶う――。その言葉はまるで魔法のようで、つらい現実から目を背けさせるドラッグのようでもあった。

「ただし、神様を信じなかったら罰が下るからね。地獄に落ちることになるんだよ」

甘い囁きから一転して突きつけられる、恐ろしい言葉。飴と鞭を使い分けるように、祖母は繰り返しぼくに言った。そして、この言葉はぼくを「信仰」に縛り付ける呪いになっていった。

ぼくは祖母にいつもついていっていた Photo by iStock
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「信じる者は救われる」という言葉がある。なにか確固たる「信じられるもの」があることで、人が穏やかになり、救われることはあるし、健やかになれるなら素晴らしいことだ。また、信教の自由が憲法で認められているように、それは各人の「自由」だ。

ただ、家族によって「信仰」を決められてしまう人も少なくない。「信教の自由」の単位は「個人」ではないのだろうか。フリーライターの五十嵐大さんが自身の体験を率直に綴る連載「祖母の宗教とぼく」。第1回は、熱心だった「ぼく」が「信仰」について疑問を抱いたきっかけについて語る。
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生まれた時から信者に

ぼくの祖母は、とある宗教の熱心な信者だった。祖母だけではない、父も母も、おじさん、おばさん、いとこたちも、みんな宗教に入っていた。もちろん、ぼく自身も。唯一、なにかを信仰することに強い拒否感を覚える祖父だけが、宗教とは無縁の暮らしを送っていた。

とはいえ、祖母以外の人間は、みな自発的に入信したわけではない。祖母の娘であるぼくの母やおばさんたちは、生まれてすぐに入信させられた。その配偶者たちも結婚の条件として信仰を強制された。そして、ぼく自身も、生まれてすぐ否応なしに入信させられ、物心つく頃には信仰することが当たり前の環境にいた。ぼくのような存在を「宗教三世」と呼ぶらしい。

当時のぼくにとって、信仰はとても身近なものだった。朝晩と祈りを捧げることも、毎月開催される信者たちの集まりに参加することも、ときには祖母と一緒に布教活動に歩くことも、どれも当然の行為だったのだ。そこになんの疑問も抱いていなかったし、むしろ、幸せになるために必要なことをしているのだとすら思っていた。