伝説のノンフィクション作家・本田靖春が、最後に残した言葉

大衆は神である(86)

ノンフィクション作家・魚住昭氏が極秘資料をひもとき、講談社創業家・野間家が歩んできた激動の日々と、日本出版界の知られざる歴史を描き出す大河連載「大衆は神である」。

ノンフィクションの歴史、そして講談社のあり方に大きな影響を与えた作家・本田靖春が、最後に著者に語ったこととは――。

終章 戦後民主主義と講談社ジャーナリズム(4)

これで僕も安心して死ねるというもんだ

ちょっと寄り道になるが、個人的な思い出話を許していただきたい。2004(平成16)年10月はじめの、小雨の降る日のことである。

私は代々木病院に入院中の本田靖春を訪ねた。当時、彼は右目を失明し、糖尿病に起因する壊疽(えそ)で両足を切断していた。そのうえ肝がん、大腸がんも抱えて多臓器不全に陥っていた。

体の状態からすれば、病室で見舞い客の訪問を受けることすらしんどかったろう。しかし本田はそんな素振りを少しも見せず、車椅子に乗って病院の玄関先で出迎えてくれた。そこから院内の談話室に場所を移すと、死期の迫った人間とは思えぬ、しっかりとした口調で語りだした。

初っぱなに発したのは「おめでとう」という言葉である。私が書いた『野中広務 差別と権力』(2004年、講談社刊)がその1週間ほど前に第26回講談社ノンフィクション賞(第6回の受賞作は本田の『不当逮捕』)の受賞作品に選ばれたからだった。

次いで本田はこう言った。

「僕が受賞したときよりうれしいよ。これで僕も安心して死ねるというもんだ」

 

私は一瞬冗談か、リップサービスの類ではないかと疑い、返答に戸惑った。

しかし、本田の表情をよくよく見ると、真剣そのものである。私は、尊敬してやまぬ人の口からそんな言葉が発せられるとは夢にも思っていなかったから、驚きで身がすくんだ。いや、フリーズした。頭が真っ白になって、黙り込んだ。