3月8日は、『国際女性デー』だった。1904年3月8日にアメリカ・ニューヨークで婦人参政権を求めたデモが起源となって、1975年の国際婦人年に、国連が制定をした。イタリアでは、この日、妻や母親、会社の同僚の女性にミモザの花を送る「ミモザの日」として愛されている。今年は、新型コロナウイルスの影響で、各国のイベントは縮小ぎみだが、女性について考える日であることは変わりない。

そんな国際女性デーに、『ジェンダー・ギャップリポート』で4位だったスウェーデンに留学し、セクソロジーを学ぶ福田和子さんはから「フェミニズム」について考えてみたいと提案があった。日本では、今も敬遠されがちな「フェミニズム」という言葉について、福田さんが今思うこととは――。

国際映画祭のテーマが、なんと「フェミニズム」

毎年1月の終わりから2月の頭にかけて、私の住むスウェーデン第二の都市、ヨーテボリ市では、『ヨーテボリ国際映画祭』が開催される。1979年に始まったこの映画祭は、北欧最大の映画祭と言われていて、10日間の開催期間に、300本以上の映画が1000回を超えて上映される。今年の参加者は16万人にも上った。町中の大小の映画館や劇場が協力して開催するため、街全体にはお祭り気分が漂い、厳しい寒さもほんのり和らぐ気がするから不思議である。

ヨーテボリ国際映画祭のパンフレット。写真/福田和子

この北欧を代表する映画祭には毎年テーマがある。今年のテーマはなんと「フェミニズム」。これほど大きなイベントで、堂々と掲げられる「フェミニズム」。それは、長年「フェミニスト」を自称するのは愚か、口にするだけで腫れ物のように扱われる環境の中育ってきた私にとっては、目新しいことだった。

一方で、スウェーデンに越してから約半年「フェミニスト」「フェミニズム」という言葉に触れなかったのかといえば、それはむしろ逆で、私の周りの人たちは当たり前のように「フェミニスト」を自称し、ジェンダー平等に関しては事あるごとに話をしてきた。だから、このテーマ設定に驚かない自分がいたのも事実だ。

今回の記事では、日本ではあたかも「厄介者」のように扱われがちなフェミニズムが日常にある生活とは一体どんなものなのか、そしてその「フェミニズム」が、実はあなたの生きづらさ、更には生きやすさにも深く繋がっているかもしれない理由を、お伝えできればと思う。