赤ヘル打線「最後のピース」高橋慶彦が走りまくった、カープの1979年

足を武器にプロの世界を生き抜いた男
週刊現代 プロフィール

赤ヘル打線、最後のピース

古葉カープの最大の売りは打線だった。主砲は'78年に44本を放ち、初の本塁打王に輝く山本浩二。前後を助っ人のライトル、ギャレットがかため、さらに衰え知らずの鉄人・衣笠祥雄が睨みをきかせる。

どの打順からでもタイムリーヒットが飛び出す最強の赤ヘル打線の「最後のピース」として古葉が探し求めていたのが、1番打者だった。

「入団1年目、古葉さんから『高橋、プロというところは、足だけでもメシが食えるんだぞ』と言われました。その一言で、俺の生き方が決まった。

スイッチヒッターになったのも古葉さんに言われたから。信頼していたから、迷わず挑戦したけど、左で構えた瞬間にバットを振る感覚がまったくわからなくなった。

『ここはどこ? 私は誰?』という感じです。慣れるまでがむしゃらに素振りをするしかなかった」(高橋)

古葉は、その才能を見込んだ高橋に対し、人一倍厳しく接した。

 

'67年から、半世紀にわたり広島担当を務めた元報知新聞の記者・駒沢悟は、「鉄拳制裁」の様子をよく覚えている。

「慶彦が試合中にミスをすると、古葉さんにベンチ裏に連れて行かれて、スパイクで蹴られていました。何か厳しい言葉をかけるんじゃなくて、ただ蹴る。

いまじゃ立派なパワハラでしょうが、慶彦のほうも何がダメだったかをよくわかっているから、口答えせずじっと受け入れていた」