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赤ヘル打線「最後のピース」高橋慶彦が走りまくった、カープの1979年

足を武器にプロの世界を生き抜いた男

176㎝と野球選手にしては小柄だった男は、足を武器にプロの世界を生き抜く覚悟を決める。そのスマートなルックスとは裏腹に、血の滲むような努力を重ね続けた末に、ついに開花のときを迎える。発売中の『週刊現代』が特集する。

警戒されている時こそ、走る

「俺だけじゃなしにね、福本豊(阪急)さんもそうだと思うんだけど、盗塁っていうのは、相手ベンチが『走るぞ、走るぞ』と警戒しているタイミングで決めてこそ、活きてくる。

自分が走りやすいカウントで好き勝手に走っても、あんまり意味がない。ずっとそう思いながら走っていたな」

還暦を過ぎてもなお若々しい顔立ちに、笑みを浮かべながら語るのは、高橋慶彦(62歳)だ。

17年のプロ野球人生で合計477盗塁を決めた、球史でも有数のスイッチヒッターにしてリードオフマン。

端正なマスクとスラッとしたスタイルで、後に抜群の女性ファン人気を誇る男が、その本領を発揮したのは、1979年のことだった。

この年、序盤から走りまくった高橋は、最終的に55盗塁を記録。初の盗塁王に輝いている。22歳、入団5年目の快挙だった。

 

高橋の才能を見出したのは、高橋が入団した'75年のシーズン途中から監督を務めていた古葉竹識(83歳)だ。

広島の監督に就任した古葉は、球団創設以来万年Bクラスで「セ・リーグのお荷物」と呼ばれていたカープに勝利への執念を植え付け、監督1年目にして初のリーグ優勝に導く。