# ジェンダー

男性は「見えない特権」と「隠れた息苦しさ」の中で、どう生きるか

自己を問い直す対話を開く
西井 開 プロフィール

そのため、十分な権利を得られず生活に窮している存在に気付かないし、たとえ気付いたとしても、彼らの努力が足りないのだと片づけてしまう。デフォルトマンを基準に作られた社会において、彼らは自分たちこそが「普通」であると思っているし、「普通は~」という言葉とともに自身の(恵まれた環境を前提とした)価値観を周囲に押し付けて、価値観に沿わないものを「普通ではない」と見下して排除してきた。

ペリーと同様、私はデフォルトマンと重なる部分を多く持っている。『現代ビジネス』という名の通った媒体でこの原稿を書いているが、それは私自身の力だけで為されているわけではなく、多くの特権によって下支えされている。私にこの原稿を依頼してきた編集部の社員たちはどうだろうか。そして今この記事を読んでいるあなたは、デフォルトマンと重なるところがないだろうか*3

男性たちの得点競争と麻痺

本書の中盤からは、デフォルトマンは男性自身にもネガティブな影響を及ぼしていることが示されている。例えばデフォルトマンを内面化した男性たちは、デフォルトマンを頂点とした「得点競争」(p.55)に興じるようになるとペリーは述べ、イギリスの男性たちによる得点競争の数々を紹介している。

〔PHOTO〕iStock

誰の父親が一番スゴイ仕事をしているかという子どもの口喧嘩に始まり、どれくらい成功しているか、どれくらい金持ちかで競い合う。「え、そんなことも知らないの?」とばかりにマイナーなアーティストや外国映画を知っていることを自慢し、知り合いだという有名人の名前をひけらかす。筋肉の付き具合、乗っている車、飲んでいるコーヒー豆の値段、ドクターマーチンの穴の数(まじか)…、ありとあらゆることが競争の種になるという。

 

こうした得点競争は、平等の思想にそぐわず、男性たち自身にも危機をもたらしているとペリーは言う。特筆すべきは、男性たちの不安だ。ペリーによれば、競争は多くの場合、人間の価値づけと接続するため、男性たちは常に不安にさらされている。