# ジェンダー

男性は「見えない特権」と「隠れた息苦しさ」の中で、どう生きるか

自己を問い直す対話を開く
西井 開 プロフィール

ペリーが暮らすイギリスにおいては、デフォルトマンは男性であるということ以外に、白人・ミドルクラス・ヘテロセクシュアル(異性愛)といった属性を持っている*2。彼の収入は多く、地位や学歴も高い。権力の中枢により近いところにおり、マナーもよく、愛想もあって、自信に満ち溢れている。

個人主義が進んだ社会においてそれらは「彼の努力のたまもの」と見なされるが決してそうではない。制度、文化、建物、電化製品にいたるまで、この社会はデフォルトマンを基準として、彼の都合のいいように作られている。だからこそデフォルトマンは何の障害もなく暮らし、成功の道を進めるのだとペリーは言う。

他の属性の人が得られない特別な権利や免除のことを特権という。デフォルトマンはデフォルトマンとして生きているだけで多くの特権を得ている。例えば彼は就学や就職を不当に制限されることはないし、十分な文化や知識に触れることができる。公共の空間やSNSから排除されることもないし、自分の属性を理由に暴力を受けることもめったにない。

恋人と結婚することを妨げられることもないし、街で自分の使えるトイレを必死に探す必要もない。何か失敗したときその原因を自身の属性に帰されることもないし、差し迫って権利を求めて声をあげる必要もない。テレビを見れば自分と同じ属性の人間をすぐに見つけることができ、「自分はおかしいのではないか」という不安を抱くこともない。

それどころか、有名なアーティスト、裁判官、教授、管理職、団体のリーダー、政治家の多くをデフォルトマンが占めていて(例えば日本の総理大臣の座には、デフォルトマン的男性が連綿と居座ってきた)、今後のキャリアを安心して描くこともできる。

日本の中枢のデフォルトマン的男性たち〔PHOTO〕Gettyimages
 

なかなか「特権」に気づけない

重要なのは、デフォルトマンにとってはこうした特権があまりに自明で、それを持っていることに気づけないという点だ。ペリーは、この特権を「魚にとっての水のようなもの」だと表現している。言い換えればデフォルトマンは、その特権や、背景にある属性間の不均衡(例えば男性/女性、日本人/在日外国人、上流・中流/下流階級など)を認識せずにすむ特権を持っている。