巨人に勝てなくても「1972年の阪急ブレーブス」こそ史上最強の球団だ

「人気のセ、実力のパ」と言われた時代
週刊現代 プロフィール

福本封じの「秘策」

こうして、阪急が満を持して迎えた日本シリーズ、第1戦の先発になったのは山田だった。

1回表、阪急は住友平の本塁打で先制。だが、その裏、山田は2番の高田繁を死球で出塁させると、3番の王貞治にタイムリー、5番末次利光にホームランを打たれ、あっという間に逆転された。

「私は前年のシリーズで王さんにサヨナラ3ランを打たれて敗北しました。『今年は絶対にあんなことはできない』という思いが、逆に力みに繋がってしまった」(山田)

この試合、スコアは3-5。阪急は巨人のエース・堀内恒夫に歯が立たないわけではなかった。しかし、レギュラーシーズン中に見せた、取られたらすぐ取り返す圧倒的な攻撃力は、すっかり鳴りを潜めた。

その最大の要因は、福本の足がまったく機能しなかったことにある。全5試合で福本が決めた盗塁はわずか1つだけだった。

「あのシリーズは、全然走れなかったな。堀内のクイックが抜群にうまかったということもあるけれど、とにかく巨人ファンの大歓声のなか、何がなんだかわからないうちに試合が終わっていたという感じです」(福本)

福本の突然のブレーキは、阪急の他のメンバーを少なからず動揺させた。足立が先発した2戦目も敗れ、続けて足立が投げた3戦目でなんとか1勝を挙げるも、山田が先発の4戦目は1点しか取れず、米田が先発の5戦目は8点を取られて大敗。

 

あれほどまでに闘志を燃やしていたシリーズは1勝4敗で、あっという間に終わり、阪急の選手たちはまたしても、川上の胴上げを眺めることになった。

なぜ、パ・リーグでは無敵だった福本は、シリーズで走れなかったのか。その秘密を、V9メンバーのショート、黒江透修が明かす。