巨人に勝てなくても「1972年の阪急ブレーブス」こそ史上最強の球団だ

「人気のセ、実力のパ」と言われた時代
週刊現代 プロフィール

福本が塁に出ると、2番の大熊忠義やソーレルがつなぎの打撃を見せる。そして、3番を打つアベレージヒッターの加藤秀司、4番の和製大砲・長池徳士がそれを着実にホームへ帰すという攻撃パターンが確立された。

「加藤と長池のコンビネーションは絶妙でね。まず、加藤は基本的にフルスイングが持ち味なんだけど、追い込まれると器用に流し打ちに切り替えて、出塁を狙いに来る。

長池さんはインコースを打つのが抜群に巧かった。脇をぐっと締めて、顔のあたりにくるようなボールも大根切りのように上からスパーンと跳ね返して、レフトスタンドに叩き込む。気の休まらないクリーンナップでした」(江本)

一方、投手陣の要は、山田久志と足立光宏の両サブマリンだった。元ロッテの得津高宏が回想する。

「ヤマの代名詞は浮き上がって大きく沈むシンカーだけど、それ以上に怖いのはコントロール抜群の速球。僕が知る限り、アンダースローの投手の中で一番速い球を投げた。胸元まで来て、さらにグッと上がってくる。簡単には打てません」

山田、福本、長池が振り返る

同じアンダースローでも、足立の投球はまた一味違った。元ロッテの2000本打者、山崎裕之が言う。

「一言で言えば、山田が剛なら、足立さんは柔。球威はないけど、打者心理を読むのが抜群にうまかった。インコースのストレートでバッターの身体を起こし、次にアウトコース高めに投げて落とすシンカーで打ち取るのが十八番でした」

 

この年、山田は20勝で最多勝に輝き、足立も16勝を挙げる。この二人にくわえて、右の本格派・戸田善紀や大ベテランの「ガソリンタンク」米田哲也らも気を吐き、チームとして80勝を記録、2位の近鉄に14ゲーム差をつけ、ぶっちぎりで2年連続のリーグ優勝を果たした。