植物状態の人と会話する方法 脳科学が「生き方」を変えた先の世界へ

健康な人に技術を施すとドーピングに?
脳科学の研究は、植物状態の人に意識があることを明らかにした。寝たきりの患者と意思疎通が図れるのであれば、周囲の人を含めて生き方を変えることができる。

しかしそれは、科学や技術だけで解決する問題ではない。立命館大学先端総合学術研究科の美馬達哉教授に話をうかがった。
(立命館大学研究活動報「RADIANT」より転載)

「寝たきり」の人とコミュニケーションを

科学技術の発達はいまや「病気」や「生きる」ことの意味さえも変えようとしている。

 

機能的MRIや脳波などの技術によって脳の活動状態をスキャニングする手法が開発され、たとえばALS(筋萎縮性側索硬化症)で寝たきりの状態の人が、問いかけに対して頭の中でYes・Noで答えた結果を捉えることができるようになった、と報告されている。

この研究はさまざまに広がり、植物状態で意識がないと思われている人の中にじつははっきりと意識があり、認知活動を行っている人が少なからずいるという事実がわかった。

「自由にならない身体の中に閉じ込められて誰にも気づかれない恐怖と絶望はどれほどのものでしょう。それがもしコミュニケーションを取ることができるようになるとしたら、患者本人はもちろんその周りの人々にも大きな希望になるはずです」

そう語る美馬達哉は脳神経内科医、神経科学者として、長く人間の脳活動計測に携わってきた。

立命館大学先端総合学術研究科・美馬達哉教授

もし植物状態と思われていた人と意思疎通できたら、本人そして本人を取り巻く人々の生きる意味や生き方の選択肢は大きく変わるに違いない。

「この技術と機械の補助でやがて身体を動かせるようになるかもしれません。しかし、根本的に難病を治すことはできません。テクノロジーには限界があるのです」

こう語る美馬は、臨床医学の側面からテクノロジーを追求すると同時に、病気や障害をもつ人の「思い」や「生き方」にも関心を持ち、医療社会学的なアプローチでも研究している。

脳の「可塑性」を応用

脳神経科学の専門家として美馬が焦点を当てるのが、神経の「再組織化」である。

「人間の細胞はあらかじめ決まった臓器や組織に分化しているので、たとえば胃がんで胃を切れば、胃は無くなったままです。それに対し、脳機能には可塑性があって傷ついても回復し得るのです」と美馬。

脳のどこかの部位が損傷すると、他の神経細胞が形態や機能を変化させて損傷部位の代わりに機能を果たすようになる。これが「再組織化」と呼ばれる現象だ。

美馬はこの能力を高め、脳卒中などで四肢に麻痺が残った患者の機能回復に役立てようとしている。

「この研究領域で近年注目を集めているのが、『脳直流刺激』という手法です」と紹介した美馬。頭皮に電極を当て、2mA程度の微弱な直流電流を脳の中に流すことで、脳の神経細胞の再組織化を促すというものだ。

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実際に脳卒中の後遺症で片麻痺のある患者の頭蓋から腕の運動をつかさどる大脳皮質部分に直流電流で刺激を与えたところ、運動によるリハビリテーションと同様の効果が得られたという事例も報告されている。

しかしこの画期的な技術は当初の目的とは異なる方向へも波及している。「このテクノロジーを健康な人に用いたらどうなるかと考える人が出てきました」と美馬。