新型コロナ騒動は「日本社会に対する不信」の現れである

「ちゃんと休める社会」だったら違った
赤木 智弘 プロフィール

なぜ利己的な行動に走ってしまうのか

最初はマスク不足だけだった品不足も、なぜかトイレットペーパーやティッシュペーパーにまで波及し、スーパーやドラッグストアの棚から消える事態が発生した。これらの原料となるパルプは8割以上が国内生産である。またパルプの原料となるチップは7割が輸入であるが、その輸入先はアメリカ、オーストラリア、ベトナムなどであり、あまり今回の新型コロナ騒ぎとは関係が無い。

ネットでは無関係なペーパー類の買い占めに対して、「自分で情報を精査する知性を持たない残念な人たちが、デマに踊ったのだ」と批判されている。

だが、マスクの買い占めもそうであるが、結局のところ、こうした利己的な行動は「社会に対する不信」から来ているのではないかと僕は考える。

2月12日に、菅官房長官は、「来週以降に週に1億枚以上のマスクが供給される。品切れが緩和されるよう、官民連携する」との会見を行った。しかし、現状を見ても分かるとおり、3月に入っても、未だマスクの品不足は解消されていない。こうした政府の対応力の弱さや見通しの甘さが社会への不信を産んでいる。

社会に対する不信があるから、労働者たちはたとえ体調が悪くても仕事を休めない。
社会に対する不信があるから、マスクや紙類を買い占めるしかない。
社会に対する不信があるから、ちゃんと休めば治る病気で、わざわざ大騒ぎさせられてしまうのである。

 

新型コロナが流行っていようが流行っていまいが、どうにせよ日本社会は自己責任社会だ。政府の言うことを信じて、マスクや紙類の買い控えをしても、いざ無くなればその責任は個人に押しつけられる。

大騒ぎは馬鹿馬鹿しいと思いながらも、結局はその大騒ぎに便乗しなければ自分や家族を守れない社会が、今の日本なのである。

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